・・・ただ疑の積もりて証拠と凝らん時――ギニヴィアの捕われて杭に焼かるる時――この時を思えばランスロットの夢はいまだ成らず。 眠られぬ戸に何物かちょと障った気合である。枕を離るる頭の、音する方に、しばらくは振り向けるが、また元の如く落ち付いて・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・その疑いない証拠として、現に彼らのオクラを見たという人があると。こうした人々の談話の中には、農民一流の頑迷さが主張づけられていた。否でも応でも、彼らは自己の迷信的恐怖と実在性とを、私に強制しようとするのであった。だが私は、別のちがった興味で・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なかった。 富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、大きな事実に対して、証拠は夢であった。全で殴った・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・小遣いにせよと言われたその紙入れを握ッている自分の手は、虚情でない証拠をつかんでいるのだ。どうしてこんなことになッたのか。と、わからないながらに嬉しくてたまらず、いつか明日のわが身も忘れてしまッていた。「善さん、私もね、本統に頼りがない・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・論より証拠、世界古今に其例なきを如何せん。若し万一も例外の事実ありとすれば、自から之に伴う例外の原因なきを得ず。人に教うるに常情以外の難きを以てす、教育家の事に非ざるなり。元来尊敬は外にして親愛は内なり。内に親愛の至情なきも外面に尊敬の礼を・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・新理想とか何とか云い出すな、まだレフレクションに捉われてる証拠さ。併しさすがに以前の理想では満足出来ん所から、新理想主義になって来たんだ。文学の方で最近の傾向はシンボリズムとか、ミスチシズムとか云うのだが、イズムの中に彷徨いてる間や未だ駄目・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・その味を真から嘗めた事がない。つい表面の見えや様子や、空々しい詞を交して来たばかりだ。その証拠にお前に見せる物がある。この手紙の一束を見てくれい。(忙がしげに抽斗を開け、一束の手紙を取り出恋の誓言、恋の悲歎、何もかもこの中に書いてはある。己・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・間に生れても、病気と貧乏とで一生困められるばかりで、到底ろくたまな人間になる事は出来まい、とおっしゃった、…………………というような、こんな犬があって、それが生れ変って僕になったのではあるまいか、その証拠には、足が全く立たんので、僅に犬のよ・・・ 正岡子規 「犬」
・・・その証拠には、第一にその泥岩は、東の北上山地のへりから、西の中央分水嶺の麓まで、一枚の板のようになってずうっとひろがっていました。ただその大部分がその上に積った洪積の赤砂利や※す。」私が挨拶しましたらその人は少しきまり悪そうに笑って、「・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・一坪でも、そこから米を産出する稲田の真中に、大きい面積をつぶして住居を立てるほど地主たちは愚かでないという証拠である。彼等は多く都会に家をもっているのだろう。小作としてどうしてもそこで働かせておかなければこまる農民の住居は最小限において。家・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
出典:青空文庫