・・・今度の学会で先生が報告するはずだったんだが、今のままじゃまだ貧弱でね」 四方山の話が出た。行一は今朝の夢の話をした。「その章魚の木だとか、××が南洋から移植したというのはおもしろいね」「そう教えたのが君なんだからね。……いかにも・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・本稿を草するにあたって、貧弱な、自分の過去の読書を頼りにして、それを再吟味し、纒めるよりほかなかった。恐らく、いろ/\な疎漏があると思う。それに、年来の宿痾が図書館の古い文献を十分に調べることを妨げた。なお、戦争に関する詩歌についても、与謝・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・才能が、貧弱なのである。けれども、長兄は、それ故に、弟妹たちから、あなどられるのも心外でならぬ。必ず、最後に、何か一言、蛇足を加える。「けれども、だね、君たちは、一つ重要な点を、語り落している。それは、その博士の、容貌についてである。」たい・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・生命力が貧弱です。 ばかに、威張ったような事ばかり言って、すみませんでした。」 太宰治 「一問一答」
・・・私の貯金通帳は、まさか娘の名儀のものではないが、しかし、その内容は、或いは竹内トキさんの通帳よりもはるかに貧弱であったかも知れない。金額の正確な報告などは興覚めな事だから言わないが、とにかくその金は、何か具合いの悪い事でも起って、急に兄の家・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、われわれの「人情」と「いわゆる常識」はこのからを肯定しようとする強い誘惑を醸成する。 ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
浮世絵というものに関する私の知識は今のところはなはだ貧弱なものである。西洋人の書いた、浮世絵に関する若干の書物のさし絵、それも大部分は安っぽい網目版の複製について、多少の観察をしたのと、展覧会や収集家のうちで少数の本物を少・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・の弁士は貧弱だった。小さいのでテーブルからやっと首だけでている。おまけにおそろしく早口で、抑揚も区切りもないので、よくわからないが、しかし三吉には何かしら面白かった。ロシヤ革命とボルシェヴィキ。レーニン。ロシアの飢饉と反革命。それから鈴木文・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ざる前と同じように人からその存在を忘れられるならば、日本の科学は木村博士一人の科学で、他の物理学者、数学者、化学者、乃至動植物学者に至っては、単位をすら充たす事の出来ない出来損ないでなければならない。貧弱なる日本ではあるが、余にはこれほどま・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・惜いかな今の日本の文芸家は、時間からいっても、金銭からいっても、また精神からいっても、同類保存の途を講ずる余裕さえ持ち得ぬほどに貧弱なる孤立者またはイゴイストの寄合である。自己の劃したる檻内に咆哮して、互に噛み合う術は心得ている。一歩でも檻・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
出典:青空文庫