・・・僕は母の前に座るや、『貴女は私を離婚すると里子に言ったそうですが、其理由を聞きましょう。離婚するなら仕ても私は平気です。或は寧ろ私の望む処で御座います。けれども理由を被仰い、是非其の理由を聞きましょう。』と酔に任せて詰寄りました。すると・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ その時、神崎様が巻煙草の灰を掌にのせて、この灰が貴女には妙と見えませんかと聞くから、私は何でもないというと、だから貴女は駄目だ、凡そ宇宙の物、森羅万象、妙ならざるはなく、石も木もこの灰とても面白からざるはなし、それを左様思わないのは科学の・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・「母上さん、そりゃア貴女軍人が一番お好きでしょうよ」とじろりその横顔を見てやる。母のことだから、「オヤ異なことを言うね、も一度言って御覧」と眼を釣上げて詰寄るだろう。「御気に触わったら御勘弁。一ツ差上げましょう」と杯を奉まつる。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・に腕を巻きつけて、「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私を確かり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて下さい」と云いでもするように。 カルカッタの家に着いて・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・「貴女のうちは遠くて、通いがたいへんでしょう」 彼女の幻影をとりとめようとして、三吉がそんなことをいった。いいながら案外平気でいっている自分を淋しく感じている。「ええ、でも田甫道あるいていると、作歌ができまして――」「サクカ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・の膝が前へせり出していてはまずいし雨のふる時などはなさけない金を出して馬車などを驕らねばならないし、それはそれは気骨が折れる、金がいる、時間が費える、真平だが仕方がない、たまにはこんな酔興な貴女があるんだから行かなければ義理がわるい、困った・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・『若子さん、大層な人ですこと。貴女の御兄さんが御着きなさっても、御目に掛れるでしょうか知ら。』『私何したッても、何様酷い目に会っても、兄さんに御目に掛ってよ。』『私もそうよ。久振りで御目に掛るんですもの。』『あらいやだ。』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・凡そ男女交際の清濁は其気品の如何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・無教育なる下等の暗黒社会なれば尚お恕す可きなれども、苟も上流の貴女紳士に此奇怪談は唯驚く可きのみ。思うに此英語夫婦の者共は、転宅の事を老人に語るも無益なり、到底その意に任せて左右せしむ可き事に非ずとて、夫婦喃々の間に決したることならんなれど・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・る者あるか、または日本人にして外国語を能くし、いかなる日本語にてもその真面目を外国語に写して毫も誤らざる者ありて、君らの談話を一より十に至るまで遺る所なく通弁しまた翻訳して、西洋文明国の中人以上、紳士貴女をしてこれを聴かしめ、またその訳文を・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫