・・・船へ乗り込む二三日前だった、お前のところへ暇乞いに行ったら、お前の父が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕のある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出した。ね、酔ってるものだからヒョロ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ ところが、その年の冬、詳しくいうと十一月の十日に御即位の御大礼が挙げられて、大阪の町々は夜ごと四ツ竹を持った踊りの群がくりだすという騒ぎ、町の景気も浮ついていたので、こんな日は夜店出しの書入れ時だと季節はずれの扇子に代った昭和四年度の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 厭らしく化粧した踊り子がカチ/\と拍子木を鼓いて、その後から十六七位の女がガチャ/\三味線を鳴らし唄をうたいながら入って来た。一人の酔払いが金を遣った。手を振り腰を振りして、尖がった狐のような顔を白く塗り立てたその踊り子は、時々変な斜・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・気がついたが早いか、立つとすぐ踊り出したりするのだ。兄はばかされたようでなんだか変だった。「このべべ何としたんや」と言って濡れた衣服をひっぱってみても「知らん」と言っている。足が滑った拍子に気絶しておったので、全く溺れたのではなかったと・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ ひらめき渡る辰弥の目の中にある物は今躍り上りてこの機を掴みぬ。得たりとばかり膝を進めて取り出し示す草案の写しを、手に持ちながら舌は軽く、三好さん、これですが、しかしこれには褒美がつきますぜ。 善平は一も二もなく、心は半ば草案に奪わ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・二十七年の夏も半ばを過ぎて盆の十七日踊りの晩、お絹と吉次とが何かこそこそ親しげに話して田圃の方へ隠れたを見たと、さも怪しそうにうわさせし者ありたれど恐らくそれは誤解ならん。なるほど二人は内密話しながら露繁き田道をたどりしやも知れねど吉次がこ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 彼れは、小屋のかげから着剣した銃を持って踊りでた。 若者は立止った。そして、「何でがすか? タワリシチ!」 馴れ馴れしい言葉をかけた。倶楽部で顔見知りの男が二人いた。中国人労働組合の男だ。「や!」 ワーシカは、ひょ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・を付けて上って、とうとう雁坂峠の絶頂へ出て、そして遥に遠く武蔵一国が我が脚下に開けているのを見ながら、蓬々と吹く天の風が頬被りした手拭に当るのを味った時は、躍り上り躍り上って悦んだ。しかしまた振り返って自分等が住んでいた甲斐の国の笛吹川に添・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・一体北村君の書いたものは、死ぬ三四年前あたりから、急に光って来たような処があって、一呼吸にああいう処へ躍り入ったような風に見えたが、その残して置いた反古なぞを見ると、透谷集の中にある面白い深味のあるものが、皆ずっと以前の幼稚なものから、出発・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・やがて二人で大立廻りをやって、女房は髪を乱して向いの船頭の家へ逃げこむやら、とうと面倒なことになったが、とにかく船頭が仲裁して、お前たちも、元を尋ねると踊りの晩に袖を引き合いからの夫妻じゃないか。さあ、仲直りに二人で踊れよおい、と五合ばかり・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫