・・・ただ君が栗毛の蹄のあとに倶し連れよ。翌日を急げと彼に申し聞かせんほどに」 ランスロットは何の思案もなく「心得たり」と心安げにいう。老人の頬に畳める皺のうちには、嬉しき波がしばらく動く。女ならずばわれも行かんと思えるはエレーンである。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・十三、四歳の時、小姉に連れられて金沢に出て、師範学校に入った。村では小学校の先生程の学者はない、私は先生の学校に入ったのである。然るに幸か不幸か私は重いチブスに罹って一年程学校を休んだ。その中、追々世の中のことも分かるようになったので、私は・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・私を連れて来た男をやっつける義務を感じて来た。それが義務であるより以上に必要止むべからざることになって来た。私は上着のポケットの中で、ソーッとシーナイフを握って、傍に突っ立ってるならず者の様子を窺った。奴は矢っ張り私を見て居たが突然口を切っ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧くしながら西宮を見る。「もう一遍」「ええ。故郷へ発程までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」「もう・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介にならせらるるを順当とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ頼む一 柳子殿は両人を連れて実家へ帰らるべし一 富継健三の・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・女中を連れてパリイへ出て、ロメエヌ町の家に落ち着いて、あなたを御待ち受け申します。その時も多少興奮いたしているようではございましたが、自分のする事が心配になるとか、気づかわしいとか云うことはございませんでした。興奮いたしているとは存じまして・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・其内に附添の一人は近辺の貧乏寺へ行て和尚を連れて来る。やっと棺桶を埋めたが墓印もないので手頃の石を一つ据えてしまうと、和尚は暫しの間廻(向して呉れた。其辺には野生の小さい草花が沢山咲いていて、向うの方には曼珠沙華も真赤になっているのが見える・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ 町の小学校でも石の巻の近くの海岸に十五日も生徒を連れて行きましたし、隣りの女学校でも臨海学校をはじめていました。 けれども私たちの学校ではそれはできなかったのです。ですから、生れるから北上の河谷の上流の方にばかり居た私たちにとって・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・婆さんの連れは然し、「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」 窓から覗き込んで指図する。婆さんは、けれども矢張り洋傘を掴んだまま、汚れた手拭で顔を拭いた。「降りゃしない・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ 長十郎は心静かに支度をして、関を連れて菩提所東光院へ腹を切りに往った。 長十郎が忠利の足を戴いて願ったように、平生恩顧を受けていた家臣のうちで、これと前後して思い思いに殉死の願いをして許されたものが、長十郎を加えて十八人あった・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫