・・・み、或いは疥癬の虫など、竹筒に一ぱい持って来て、さあこれを、お前の背中にぶち撒けてやるぞ、と言われたら、私は身の毛もよだつ思いで、わなわなふるえ、申し上げます、お助け下さい、と烈女も台無し、両手合せて哀願するつもりでございます。考えるさえ、・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・観賞植物として現代の都人にでも愛玩されてよさそうな気のするものであるが、子供のとき宅の畑で見たきりでその後どこでもこの花にめぐり合ったという記憶がない。考えてみると今どき棉を植えてみたところで到底商売にも何にもならないせいかもしれない。もっ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・実況から市井裏店の風景、質屋の出入り、牢屋の生活といったようなものが窺われ、美食家や異食家がどんなものを嗜んだかが分かり、瑣末なようなことでは、例えば、万年暦、石筆などの存在が知られ、江戸で蝿取蜘蛛を愛玩した事実が窺われ、北国の積雪の深さが・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・れているのだろうが、夫にしても、一つ一銭のペンや一本三銭の水筆に比べると何百倍という高価に当るのだから、それが日に百本も売れる以上は、我々の購買力が此の便利ではあるが贅沢品と認めなければならないものを愛玩するに適当な位進んで来たのか、又は座・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・夫の常に愛玩する物は犬馬器具の微に至るまでも之を大切にするは妻たる者の情ならずや。況んや譬えんものもなき夫を産みたる至尊至親の老父母に於てをや。其保養を厚うし其感情を和らげ、仮初にも不愉快の年を発さしむることなきよう心を用う可し。殊に老人は・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・と哀願する様にたのんだ。 チラッとお君の顔を見て、軽い笑を口の端の辺にうかべながら、「ええ大丈夫です、 御心配なさらずと。とうす赤い顔をして返事をするのを見てお君は、そうやって、たのまれてくれるのも夫なればこ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・数日後、自分の子供の写真を下げて貰いたいと哀願している女の微かな声に私は緊張した注意と鋭くされた感情とをもって耳を傾けるのであった。〔一九三六年六月〕 宮本百合子 「写真」
・・・くりかえし哀願するように、どうぞもうこの一週間だけ御容赦下さいませ。 お恥しゅうございますが何しろ私もつい顛倒しておりますものですから……ハ? はい、はい。本年はどうもあの方が特別おやかましいということだもんでございますから、本当にもう・・・ 宮本百合子 「新入生」
・・・もう、母上の憤りと、涙と、哀願によって、愛人を捨てるには、自分は余り一人の人間になって居る。 彼女のヒステリー、私の精神の混乱。Aや父上の忍耐の幾日かの後、到頭、私共は自分等で、別に家を持つことになった。 AはA家の戸主で、移籍が出・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・ どうなるかと思う自分の眼の前で、おつやさんは、さっと涙に眼を曇らせ、訴えるように、哀願するように、先生を見た。が、先生の顔には、相手が、未だ十八の、少女であるのを忘却したほどの憤り、憎しみが燃えている。 一二秒、立ち澱み、やがてお・・・ 宮本百合子 「追想」
出典:青空文庫