・・・とにかく僕は、無用のおしゃべりをすることが嫌いなので、成るべく人との交際を避け、独りで居る時間を多くして居る。いちばん困るのは、気心の解らない未知の人の訪問である。それも用件で来るのは好いのだけれども、地方の文学青年なんかで、ぼんやり訪ねて・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強いて独り慰め、鼓舞していた。 十月の末であった。 もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・父母たる者の義務として遁れられぬ役目なれども、独り女子に限りて其教訓を重んずるとは抑も立論の根拠を誤りたるものと言う可し。世間或は説あり、父母の教訓は子供の為めに良薬の如し、苟も其教の趣意にして美なれば、女子の方に重くして男子の方を次ぎにす・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・が、漸く帝国主義の熱が醒めて、文学熱のみ独り熾んになって来た。 併し、これは少しく説明を要する。 私のは、普通の文学者的に文学を愛好したというんじゃない。寧ろロシアの文学者が取扱う問題、即ち社会現象――これに対しては、東洋豪傑流の肌・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・先生はこの手紙が自己の空想の上に、自己の霊の上に、自然に強大に感作するのを見て、独り自ら娯しんでいる。 この手紙を書いた女はピエエル・オオビュルナンの記憶にはっきり残っている。この文字はマドレエヌ・スウルヂェエの手である。自分がイソダン・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・したひ学ばや、さらば常の心の汚たるを洗ひ浮世の外の月花を友とせむにつきつきしかるべしかし、かくいふは参議正四位上大蔵大輔源朝臣慶永元治二年衣更著末のむゆか、館に帰りてしるす 曙覧が清貧に処して独り安んずるの様、はた春岳が高貴の身をも・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・もう大きくなったからこれから独りで働(それはそばに置いてはいつまでも甘(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで荷物を一杯つけてひどい山を連れて行くんだ。それから食べ物がなくなると殺 須利耶さまは何気な・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ あの人じゃ、独りで置けないわ。ね。だから、れんを又呼んで、代って貰うことにするの」「ふうむ」 彼は、脚を組みかえ、煙草をつけた。「其那ことを云わなくたっていいじゃあないか。駄目なのは駄目なんだから」「――だって。じゃあ何て・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・姑く今数えた人の上だけを言って見ように、いずれも皆文を以て業として居る人々であって、僅に四迷が官吏になって居り、逍遥が学校の教員をして居る位が格外であった。独り予は医者で、しかも軍医である。そこで世間で我虚名を伝うると与に、門外の見は作と評・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ 色の蒼ざめた、小さい女房は独りで泣くことをも憚った。それは亭主に泣いてはならぬと云われたからである。女と云うものは涙をこらえることの出来るものである。 翌日は朝から晩まで、亭主が女房の事を思い、女房が亭主の事を思っている。そのくせ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫