・・・ほんとうに、いつまでも、いつまでも、世話を焼かせて。……奥さんに、よろしくね。 ――うん。機会があれば、ね。」 次男は、ふっと口をつぐんだ。そうして、けッと自嘲した。二十四歳にしては、流石に着想が大人びている。「あたし、もう、結・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ポルジイがドリスを囲って世話をして置く。これは身分相応の行為である。なぜと云うに、あれは伯爵の持物だと云われても、恥ずかしくない、意気な女だからである。どうもそれにしても、ポルジイは余り所嫌わずにそれを連れ歩くようではあるが、それは兎角そう・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・卒業後彼をどこかの大学の助手にでも世話しようとする者もあったが、国籍や人種の問題が邪魔になって思わしい口が得られなかった。しかし家庭の経済は楽でなかったから、ともかくも自分で働いて食わなければならないので、シャフハウゼンやベルンで私教師を勤・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 私はその温泉場で長いあいだ世話になっていた人たちのことを想い起こした。「おきぬさんも、今ならどんなにでもして、あげるよって芳ちゃんにそう言うてあげておくれやすと、そないに言うてやった。一度行ってみてはどうや」義姉はこの間もそんなこ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・山人は誠に畸人であって、わたくしの方から是非にといって頼むことは一向してくれないが、頼みもしない事を、時々心配して世話をやく妙な癖があった。或日わたくしに向って、何やら仔細らしく、真実子供がないのかと質問するので、わたくしは、出来るはずがな・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・太十が犬だけは自分で世話をした。壊れた箱へ藁しびを入れてそれを囲炉裏の側へ置いてやった。子犬はそれへくるまって寝た。霜の白い朝彼は起きて屹度犬の箱を覗く。犬は小さいながら成長した。春らしい日の光が稀にはほっかり射すようになって麦がみずみずし・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・実はあの婆々も四谷の宇野の世話で、これなら大丈夫だ独りで留守をさせても心配はないと母が云うからきめた訳さ」「それなら君の未来の妻君の御母さんの御眼鏡で人撰に預った婆さんだからたしかなもんだろう」「人間はたしかに相違ないが迷信には驚い・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 下請は世話役に文句を云った。世話役が坑夫に、「もっと調子よくやれよ。八釜しくて仕様がないや」「八釜しい奴あ、耳を塞いどけよ」「そうじゃねえんだ。会社がうるせえんだよ」「だったらな。会社の奴に、発破を抑えつける奴を寄越せ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・花魁をお世話申したことはありませんからね」 吉里は返辞をしないでさッさッと行く。お熊はなお附き纏ッて離れぬ。「ですがね、花魁。あんまりわがままばかりなさると、私が御内所で叱られますよ」「ふん。お前さんがお叱られじゃお気の毒だね。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・近年の男子中には往々此道を知らず、幼年の時より他人の家に養われて衣食は勿論、学校教育の事に至るまでも、一切万事養家の世話に預り、年漸く長じて家の娘と結婚、養父母は先ず是れにて安心と思いの外、この養子が羽翼既に成りて社会に頭角を顕すと同時に、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫