・・・池辺君が胸部に末期の苦痛を感じて膏汗を流しながらもがいている間、余は池辺君に対して何らの顧慮も心配も払う事ができなかったのは、君の朋友として、朋友にあるまじき無頓着な心持を抱いていたと云う点において、いかにも残念な気がする。余が修善寺で生死・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・宗教の事は世のいわゆる学問知識と何ら交渉もない。コペルニカスの地動説が真理であろうが、トレミーの天動説が真理であろうが、そういうことは何方でもよい。徳行の点から見ても、宗教は自ら徳行を伴い来るものであろうが、また必ずしもこの両者を同一視する・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・然らざれば、それは真に自己自身によって働くものではない。何らかの意味において基底的なるものが考えられるかぎり、それは自ら働くものではない。自己否定を他に竢たなければならない。何処までも自己の中に自己否定を含み、自己否定を媒介として働くものと・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・この家の内に養われてこの事情を目撃する子供にして、果たして何らの習慣を成すべきや。家内安全を保護する道徳の教えも、貴重は則ち貴重なれども、更に貴重なる公務には叶わぬものなりとて、既に公務に対して卑屈の習慣を養成し、次いで年齢に及びて人間社会・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ぼすらむ鬼のなく声する夜の窓灯火のもとに夜な夜な来たれ鬼我ひめ歌の限りきかせむ人臭き人に聞する歌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせむ凡人の耳にはいらじ天地のこころを妙に洩らすわがうた 何らの不平ぞ。何らの気焔ぞ。彼はこの歌に・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・という自分の精神に従って「何らの表裏も手加減もなく真情を傾けてソヴェトを語り」そのことによってソヴェトにより多く貢献し、更に「ソヴェトよりもっと重大な」人類の運命と文化とのために貢献しようと決心したように見えるのである。 序言で、ジイド・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・この決議の精神は、作家同盟の全活動を今後ますます正しく活溌化するばかりでなく、おそらくは他の文化団体及びその指導部にとっても何らかの意味で示唆するとこがあるであろう。 私は満腔の信頼とよろこびとをもってこの決議に服する。そして、自己批判・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・そこで、彼らは、文学の圏内に於ては、ただ単なる理想主義文学と何ら変る所はない。 それで果して文学的活動は正当さを主張し得るのであろうか。もしそれで正当となすものがあるならば、コンミニズム文学は、文学の圏内に於ては、最早やいかなる発展・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・これだけでは少し突飛な説明で、まだ何ら新しき感覚のその新しさには触れ得ない。そこで今一言の必要を認めるが、ここで用いられた主観なるものの意味である。主観とはその物自体なる客体を認識する活動能力をさして云う。認識とは悟性と感性との綜合体なるは・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・なぜなら彼にとって、豊太閤という人物を十分に描き得たことと、自分の顔を完全に描き得たこととの間に、何らの重大な区別もないからである。この点において洋画は明らかにデモクラティックであって、題材の大小に煩わされることがない。しかし日本画は題材に・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫