・・・その頃にフランシス――この間まで第一の生活の先頭に立って雄々しくも第二の世界に盾をついたフランシス――が百姓の服を着て、子供らに狂人と罵られながらも、聖ダミヤノ寺院の再建勧進にアッシジの街に現われ出した。クララは人知れずこの乞食僧の挙動を注・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ その癖、傍で視ると、渠が目に彩り、心に映した――あのろうたけた娘の姿を、そのまま取出して、巨石の床に据えた処は、松並木へ店を開いて、藤娘の絵を売るか、普賢菩薩の勧進をするような光景であった。 渠は、空に恍惚と瞳を据えた。が、余りに・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・その子を連れて、勧進比丘尼で、諸国を廻って親子の見世ものになったらそれまで、どうなるものか。……そうすると、気が易くなりました。」「ああ、観音の利益だなあ。」 つと顔を背けると、肩をそいで、お誓は、はらはらと涙を落した。「その御・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「居酒屋」でも淪落の女が親切な男に救われて一│皿の粥をすすって眠った後にはじめて長い間かれていた涙を流す場面がある。「勧進帳」で弁慶が泣くのでも絶体絶命の危機を脱したあとである。 こんな実例から見ると、こうした種類の涙は異常な不快な緊張・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・九代目X十郎と十一代目X十郎との勧進帳を聞く事も可能であり、同じY五郎の、若い時と晩年との二役を対峙させることも不可能ではなくなる。 もしまた、いろいろな自然の雑音を忠実に記録し放送することができる日が来れば、ほんとうに芸術的な音的モン・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・「勧進帳なんかむりだもんね。舞台も狭いし、ここじゃやはり腕達者な二三流どこの役者がいいだろう」「そうかもしれません」「鴈治郎はよくかけ声か何かで飛びあがるね」「ほんとうにおかしな人。私あの顔嫌いや」「おもしろい役者じゃな・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の案内人にそこへ惰勢的に引こまれている。 小豆島の村にも八十八ヵ所のお札所があり、そ・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ 勧進帳という長唄をはじめてきいたとき、富樫の左衛門という文句があるので子供たちは、大変おどろいた。あのはつの富樫と同じ名だったから、左衛門とはどういうことだろうかときょろきょろした。 こんなことは、みんな父がイギリスに行っている留・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 最初の日はこんな工合に、姉が言いつけられた三荷の潮も、弟が言いつけられた三荷の柴も、一荷ずつの勧進を受けて、日の暮れまでに首尾よく調った。 ―――――――――――― 姉は潮を汲み、弟は柴を苅って、一日一日と暮ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫