・・・その哀切な虫の調べがなんだか全身に沁み入るように覚えた。 疼痛、疼痛、かれはさらに輾転反側した。 「苦しい! 苦しい! 苦しい!」 続けざまにけたたましく叫んだ。 「苦しい、誰か……誰かおらんか」 としばらくしてまた・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・とかなり正面から哀切にゆき、身代りがあわてふためき覆面をかなぐりすて、「やつがれは六十路を越したる爺にて候」と、平伏し逃げかけるところで、復讐さえしそこなった小町の絶望困惑身を置くところも知らない爺とに、悲哀の籠った滑稽を味わせるも・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ 若い肉体に重すぎる生活の荷にひしがれて病気を発することも、その病気のために働きを休めば一家は饑餓にさらされることから遂に倒れてのち已む決心で働きとおす哀切な強い精神を持つ少年青年たちも、今日ただいま決して一人二人ではないであろう。・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
出典:青空文庫