・・・これは東京に輸入せられないうちに、小倉へ西洋から輸入せられている二つの風俗の一つである。常磐橋の袂に円い柱が立っている。これに広告を貼り附けるのである。赤や青や黄な紙に、大きい文字だの、あらい筆使いの画だのを書いて、新らしく開けた店の広告、・・・ 森鴎外 「独身」
・・・石田は馬に蹄鉄を打たせに遣ったので、司令部から引掛に、紫川の左岸の狭い道を常磐橋の方へ歩いていると、戦役以来心安くしていた中野という男に逢った。中野の方から声を掛ける。「おい。今日は徒歩かい。」「うむ。鉄を打ちに遣ったのだ。君はどう・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・やがてその新芽がだんだん延びて、常磐樹らしく落ちついた、光沢のある新緑の葉を展開し終えるころには、落葉樹の若葉は深い緑色に落ちついて、もう色の動きを見せなくなる。そうなるともうすぐに五月雨の季節である。栗の花や椎の花が黄金色に輝いて人目をひ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
・・・来会者は井上、元良、中島、狩野、姉崎、常盤、中島、戸川、茨木、八田、大島、宮森、得能、紀平の諸氏であったという。これらの中の一番若い人でも大学生から見ると先生だったのであるから、こういう出来事はすべて別世界のことであって、わたくしたちには知・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫