・・・先生は最初感情の動くがままに小説を書いて出版するや否や、忽ち内務省からは風俗壊乱、発売禁止、本屋からは損害賠償の手詰の談判、さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・そこで彼の依頼を引き受けた。 さっそく妻をやって先方へ話をさせてみると、妻は女の母の挨拶だといって、妙な返事をもたらした。金はなくってもかまわないから道楽をしない保証のついた人でなければやらないというのである。そうしてなぜそんな注文を出・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ その見廻りは小林がいつでも引き受けていた。が、此場合では小林はその役目を果す事は出来なかった。 時間は、吹雪の夜そのもののように、冷酷に経った。余り帰りが遅くなるので、秋山の長屋でも、小林の長屋でも、チャンと一緒に食う筈になってい・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・一人でさえ持て余しそうだのに、二人まで大敵を引き受けてたまるもんか。平田、君が一方を防ぐんだ。吉里さんの方は僕が引き受けた。吉里さん、さア思うさま管を巻いておくれ」「ほほほ。あんなことを言ッて、また私をいじめようともッて。小万さん、お前・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・この交際はいずれも皆人民の身の上に引受け、人々その責に任ずべきものにして、政府はあたかも人民の交際に調印して請人に立ちたる者の如し。 ゆえに、貿易に不正あれば、商人の恥辱なり、これによりて利を失えば、その愚なり。学芸の上達せざるは、学者・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・すっかり判った。引き受けた。安心 すると老人は手を擦って地面に頭を垂れたと思うと、もう燃えつきて、影もかたちもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったままぼんやりと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに夢を見たのか・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・けれども、私も一旦おうと引受て、かくまったからには、御存分にと出すことあ出来ない。たってというなら、先ずこの私を切るなりつくなりしてからにしておくんなさい」 ふむ。――侠客の女房で、逆を行ったのもあった。あくまでいないとしらを切り抜くの・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・一族討手を引き受けて、ともに死ぬるほかはないと、一人の異議を称えるものもなく決した。 阿部一族は妻子を引きまとめて、権兵衛が山崎の屋敷に立て籠った。 おだやかならぬ一族の様子が上に聞えた。横目が偵察に出て来た。山崎の屋敷では門を厳重・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・おれが手ずから本磨ぎに磨ぎ上げた南部鉄の矢の根を五十筋、おのおのへ二十五筋、のう門出の祝いと差し出して、忍藻聞けよ――『二方の中のどなたでも前櫓で敵を引き受けなさるならこの矢の根に鼻油引いて、兜の金具の目ぼしいを附けおるを打ち止めなされよ。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・自分は昨年の十月に月評を引き受けてやってみた。すると、或る種の人々は分らないと云って悪罵した。自分は感覚を指標としての感覚的印象批評をしたまでにすぎなかった。それは如上の意味の感覚的印象批評である以上、如上の意味で分らないものには分らないの・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫