・・・そして病気が重ってから、なけなしの金を出してして貰った古賀液の注射は、田舎の医師の不注意から静脈を外れて、激烈な熱を引起した。そしてU氏は無資産の老母と幼児とを後に残してその為めに斃れてしまった。その人たちは私たちの隣りに住んでいたのだ。何・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・していたら、居合わせた土地の老人が、それは一度倒れたのを人夫が引起して樹てるとき間違えて後向きにたてたのだと教えてくれた。うっかり「地震による碑石の廻転について」といったような論文の材料にでもして故事付けの数式をこね廻しでもすると、あとでと・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
一 神保町から小川町の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。馬が倒れたのを今引起こしたところであるらしい。馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようで・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・成行きにて事変なければ格別なれども、万に一も世間に騒動を生じて、その余波近く旧藩地の隣傍に及ぶこともあらば、旧痾たちまち再発して上士と下士とその方向を異にするのみならず、針小の外因よりして棒大の内患を引起すべきやも図るべからず。 しかの・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・不幸、病気、泣きごと、流血、殴打、ひどい言葉の愚弄、それらはどれもゴーリキイに堪え難く、肉体的な苦痛を引起すのであった。だが、彼の生きる暗い環境の中ではその苦しさが常に極度にまで緊張させられるようなことが頻々として起った。苦痛が嵩じて「一種・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・民子が自分の家庭の事情をも考え、はっきりした返事を出しかねているうちに、電報で明朝新宿へ着くから迎えに出てくれということになり、愈々上京したとし子が民子の家庭で、一とおりならぬ民子の気づかいを引起しつつ暮す次第が、すらすらと巧に描かれている・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・十五億九千万円の動産と百三十五万町歩の土地とをもつ日本の君主は、この波瀾万丈の日本全土を巡って、自身の宣戦によって戦争が引起され、全人民の生活が破壊されている光景を前に、人民投票をさせようとしている。 生きようと欲するのは男だけの希望で・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫