・・・を求めようとするより外にはもう何等の念慮をも持たなかった。 このおげんが小山の家を出ようと思い立った頃は六十の歳だった。彼女は一日も手放しがたいものに思うお新を連れ、預り子の小さな甥を連れ、附添の婆やまで連れて、賑かに家を出て来たが、古・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・これに附帯しては、地震の破壊作用の結果として生ずる災害の直接あるいは間接な見聞によって得らるる雑多な非系統的な知識と、それに関する各自の利害の念慮や、社会的あるいは道徳的批判の構成等である。 地震の科学的研究に従事する学者でも前述のよう・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・対手の心裏にふとそれを殺してやろうという念慮が湧いた。其肉を食おうと思ったのである。赤犬の肉は佳味いといわれて居る。それも他人の犬であったらそういう念慮も起らなかったであろうが、衷心非常な苦悩を有して居れば居る程太十の態度が可笑しいので罪の・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・いわんや日本国中栄誉の得べきものなければ、すなわち止まんといえども、等しく国民の得べきものにして、かれはこれを得て、これは得ずとあれば、ことさらに辱しめらるるの念慮なきを得ず。これをも忍びて塵俗の外に悠々たるべしとは、今の学者に向って望むべ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・市学校は、あたかも門閥の念慮を測量する試験器というも可なり。(余輩もとより市学校に入らざる者を見て悉皆これを門閥守旧の人というに非ず。近来は市校の他に学校も多ければ、子弟のために適当の場所を選ぶは全く父母の心に存することにして、これがため、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫