・・・銀座の文明と横浜のホテルとの間には歴然たる区別がある。そして横浜と印度の殖民地と西洋との間にはまた梯子昇りに階段がついている。 ここにおいて、或る人は、帝国ホテルの西洋料理よりもむしろ露店の立ち喰いにトンカツのをかぎたいといった。露店で・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・父君と母上は一斉に余が顔を見る、余ここにおいてか少々尻こそばゆき状態に陥るのやむをえざるに至れり、さりながら妙齢なる美人より申し込まれたるこの果し状を真平御免蒙ると握りつぶす訳には行かない、いやしくも文明の教育を受けたる紳士が婦人に対する尊・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・形而上学者としてのニイチェ、倫理学者としてのニイチェ、文明批判家としてのニイチェには、僕として追跡することが出来なかつた。換言すれば、僕は権力主義者でもなく、英雄主義者でもなく、況んやツァラトストラの弟子でもない。僕は「心理学」と「文学」だ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・又男女席を同うせず云々とて古の礼を示したるも甚だ宜しけれども、人事繁多の今の文明世界に於て、果して此古礼を実行す可きや否や、一考す可き所のものなり。是れも所謂言葉の采配、又売物の掛直同様にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・が、最初の頃は純粋に哲学的では無かった……寧ろ文明批評とでもいうようなもので、それが一方に在る。そして、現世の組織、制度に対しては社会主義が他方に在る。と、まあ、源は一つだけれども、こんな風に別れて来ていたんだ。 社会主義を抱かせるに関・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・「そこで、その、世界文明のシンポハッタツ、カイリョウカイゼンがテイタイすると、政治はもちろんケイザイ、ノウギョウ、ジツギョウ、コウギョウ、キョウイク、ビジュツそれからチョウコク、カイガ、それからブンガク、シバイ、ええと、エンゲキ、ゲイジ・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ 元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想をもって始められた「文明国」らしい仕事であった。 資本も、そんなに大きいものではなかっただろう。記者として働く一人一人が、当時新しく強く意識さ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・ Casanova や Louvet de Couvray の本を訳して、風俗を壊乱すると云われたのなら、よしやそう云う本に文明史上の価値はあるとしても、遠慮が足りなかったというだけの事はあるだろう。 しかし所謂危険なる洋書とはそん・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化 或る人は云う。「感覚派も根本から感・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・しかし前世紀の先駆者たちが、この「ヨーロッパ文明」の地帯やその背後の緩衝地帯を突き抜けて、「いまだ触れられざる地」に達したとき、そこに彼らは至る処、十六世紀のカピタンたちが沿岸で見たと同じ華麗なものを見いだしたのである。 フロベニウスは・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫