・・・生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙びた小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔らかい懈い薄っぺらな自然にひどく失望してしまったし、すべてが見せもの式になってしまっている・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・これは洋食の料理から、おのずと日本食の膳にも移って来たものであろう。それ故大正改元のころには、山谷の八百善、吉原の兼子、下谷の伊予紋、星ヶ岡の茶寮などいう会席茶屋では食後に果物を出すようなことはなかったが、いつともなく古式を棄てるようになっ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・今日会社の帰りに池の端の西洋料理屋で海老のフライを食ったが、ことによるとあれが祟っているかもしれん。詰らん物を食って、銭をとられて馬鹿馬鹿しい廃せばよかった。何しろこんな時は気を落ちつけて寝るのが肝心だと堅く眼を閉じて見る。すると虹霓を粉に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 河豚は生きているのを料理するよりも、死んで一日か二日経ってからの方がおいしい。料理法は釣る方とは関係がちがうから省くが、河豚釣りに行っても、普通の魚のように、釣りあげてすぐ、船の上でサシミにしたり、焼いたり煮たりなどしては食べないので・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・恥かしくて人に手を出すことの出来ない奴の真似をして、上等の料理屋や旨い物店の硝子窓の外に立っていたこともある。駄目だ。中にいる奴は、そんな事には構わねえ。外に物欲しげな人間が見ているのを、振り返ってもみずに、面白げに飲んだり食ったりしゃあが・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・托し、政府はこの法をかくの如くしてこの事をかくの如くなすべしといい、この事の行われざることあらば、この法をもってこれを禁ずべしといい、これを禁じこれを勧め、一切万事、政府の道具仕掛けをもって天下の事を料理すべきものと思い、はなはだしきは己れ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・其上に蒸し焼きなんというのは料理屋の料理みたようで甚だ俗極まっておる。火葬ならいっそ昔の穏(坊的火葬が風流で気が利いているであろう。とある山陰の杉の木立が立っておるような陰気な所で其木立をひかえて一つの焼き場がある。焼き場というても一寸した・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ そして玄関にはRESTAURANT西洋料理店WILDCAT HOUSE山猫軒という札がでていました。「君、ちょうどいい。ここはこれでなかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか」「おや、こんなとこにおかし・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・次に、利権やとゲイシャと料理屋のオカミがウラジヴォストクをひきあげた。一九三〇年の今日、朝鮮銀行の金棒入りの窓の中には、ソヴェト当局によって封印された金庫がある。〔一九三一年一、二月〕 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・学生は料理屋へ大晦日の晩から行っていまして、ボオレと云って、シャンパンに葡萄酒に砂糖に炭酸水と云うように、いろいろ交ぜて温めて、レモンを輪切にして入れた酒を拵えて夜なかになるのを待っています。そして十二時の時計が鳴り始めると同時に、さあ新年・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫