・・・それ故に国家を安んぜんと欲せば正法を樹立しなければならぬ。これが彼の『立正安国論』の依拠である。 国内に天変地災のしきりに起こるのは、正法乱れて、王法衰え、正法衰えて世間汚濁し、その汚濁の気が自ら天の怒りを呼ぶからである。「仏法やう・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・これぞというべきことはなけれど樹立老いて広前もゆたかに、その名高きほどの尊さは見ゆ。中古の頃この宮居のいと栄えさせたまいしより大宮郷というここの称えも出で来りしなるべく、古くは中村郷といいしとおぼしく、『和名抄』に見えたるそのとなえ今も大宮・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・主観を言葉で整理して、独自の思想体系として樹立するという事は、たいへん堂々としていて正統のようでもあり、私も、あこがれた事がありましたが、どうも私は「哲学」という言葉が閉口で、すぐに眼鏡をかけた女子大学生の姿や、されこうべなどが眼に浮び、や・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ぼくは新しい倫理を樹立するのだ。美と叡智とを規準にした新しい倫理を創るのだ。美しいもの、怜悧なるものは、すべて正しい。醜と愚鈍とは死刑である。そうして立ちあがったところで、さて、私には何が出来た。殺人、放火、強姦、身をふるわせてそれらへあこ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・夜は遅くまで灯の影が庭の樹立の間にかがやいた。 反響はかなりにあった。新時代の作物としてはもの足らないという評、自分でも予期していた評がかなり多かった。それに、青年の心理の描写がピタリと行っていない。こうも言われた。やはり自分で、すっか・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・汀の草の中から鳥が飛び立って樹立の闇へ消えて行く。 猟の群が現われる。赤い服、白い袴、黒い長靴の騎手の姿が樹の間を縫うて嵐のように通り過ぎる。群を離れた犬が一疋汀へ飛んで来て草の間を嗅いでいたが、笛の音が響くと弾かれたように駆け出して群・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・もしも丸の内の他の建物もだんだんに地底の第三紀層の堅固な基礎の上に樹立される日が来れば、自然に建物と建物の各層相互の交通のために地下道路が縦横に貫通するようになるかもしれない。そうなれば丸の内の地図はもはや一枚では足りなくなって地下各層の交・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・隣りのからたち寺の樹立、これだけは昔のままらしい。 電柱の雀がからたち寺へ飛んで行く。人間の世界は何もかも変って行くが、雀はおそらく千年前の雀と同じであろう。 またある日。 赤門からはいって行く。欅の並木をつつむ真昼の寒い霧。向・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・そうして庭の樹立の上に聳えた旧城の一角に測候所の赤い信号燈が見えると、それで故郷の夏の夕凪の詩が完成するのである。 そういう晩によく遠い沖の海鳴りを聞いた。海抜二百メートルくらいの山脈をへだてて三里もさきの海浜を轟かす土用波の音が山を越・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・ 六 月花の定座の意義 連句の進行の途上ところどころに月や花のいわゆる定座が設定されていて、これらが一里塚のごとく、あるいは澪標のごとく、あるいは関所のごとく、また緑門のごとく樹立している。これは連句というものの形式・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫