・・・彼は世界の災厄の原因と、国家の混乱と顛倒とをただすべき依拠となる真理を強く要請した。「日本第一の知者となし給へ」という彼の祈願は名利や、衒学のためではなくして、全く自ら正しくし、世を正しくするための必要から発したものであった。 善と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・と言えば、母や兄に赤恥かかせることになる、それにいま長兄は故郷の或る事件で、つらい大災厄に遭っているのを、私は知っている。私の家は、この五、六年、私の不孝ばかりでは無く、他の事でも、不仕合せの連続の様子なのである。おゆるし下さい。「K町・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・嘘か、ほんとか、わかりませんけれど、ずっと以前、東京駅で御災厄にお遭いなされた原敬とは同郷で、しかも祖父のほうが年輩からいっても、また政治の経歴からいっても、はるかに先輩だったので、祖父は何かと原敬に指図をすることができて、原敬のほうでも、・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ かれは疲労と病気と恐怖とに襲われて、いかにしてこの恐ろしい災厄を遁るべきかを考えた。脱走? それもいい、けれど捕えられた暁には、この上もない汚名をこうむったうえに同じく死! さればとて前進すれば必ず戦争の巷の人とならなければならぬ。戦・・・ 田山花袋 「一兵卒」
旧臘押し詰まっての白木屋の火事は日本の火災史にちょっと類例のない新記録を残した。犠牲は大きかったがこの災厄が東京市民に与えた教訓もまたはなはだ貴重なものである。しかしせっかくの教訓も肝心な市民の耳に入らず、また心にしみなけ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・しかしいずれにしても、今度のような烈風の可能性を知らなかったあるいは忘れていたことがすべての災厄の根本原因である事には疑いない。そうしてまた、工事に関係する技術者がわが国特有の気象に関する深い知識を欠き、通り一ぺんの西洋直伝の風圧計算のみを・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ハインリヒ・クライの怪奇画からは文明の背後に隠れた災厄の悪魔の呼吸を感じさせられる。バンベリーの「新兵」の絵を見ていれば可笑しいよりは泣きたくなる。ジャン・ヴェヴェーの「銭投げ」を見れば感情と姿勢の対訳を教えられる。そしてそれらは単に見る人・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・家庭の不祥事や、事業の失敗や、時としては当人には何の責任もない災厄までも含まれているようである。 街を歩いている時に通り合せた荷車の圧搾ガス容器が破裂してそのために負傷するといったような災厄が四十二歳前後に特別に多かろうと思われる理由は・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・そろそろ貴女のお力の効験が現れて来ました。災厄が余り突然やって来たので、人間の微妙な精神の歯車も大分痛められました。あれほど感情の鋭い者達が、本当に涙もこぼさず、獣のように狂い喚いていた有様は思い出しても恐ろしいが。――御覧下さいこれは、始・・・ 宮本百合子 「対話」
ツワイクの「三人の巨匠」p.150○ワイルドがその中で鉱滓となってしまった熱の中でドストイェフスキーは輝く硬度宝石に形づくられた。○災厄の変化者、あらゆる屈辱の価値の変革者としてのドストイェフスキー。○彼は自己・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
出典:青空文庫