・・・どの価値がどの価値よりも高いかが個人差があることは現にハルトマンがあげている価値等級の典型的表解を見てさえも、われわれとは等級感が相異するのを見てもわかる。まして価値に高さと強さとの二次元を認める以上、高くても弱い価値と、低くても強い価値と・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・…… 清吉は、こういう想像を走らせながら、こりゃ本当にあることかもしれないぞ、或は、今、現に妻がこうやっているかもしれない。と一方で考える。 お里がびく/\しながら、番頭の方へ近づくと、「あ、そうですか。」番頭は何気なく、書きと・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 中村は今現に自分にも変な気がしたのであったから、主人に同情せずにはいられなくなった。なるほど火の芸術は! 一切芸術の極致は皆そうであろうが、明らかに火の芸術は腕ばかりではどうにもならぬ。そこへ天覧という大きなことがかぶさって来ては! ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・是れ何人に取っても満足すべき時に死せざれば、死に勝さる耻ありと、現に私は、其死所を得ざりし為めに、気の毒な生恥じを晒して居る多くの人々を見るのである。 一昨年の夏、露国より帰航の途中で物故した長谷川二葉亭を、朝野挙って哀悼した所であった・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・私は三郎ぐらいの年ごろに小さな生活を始めようとした自分の若かった日のことを思い出して現に私から離れて行こうとしている三郎の心をいじらしくも思った。 この三郎を郊外のほうへ送り出すために、私たちの家では半分引っ越しのような騒ぎをした。三郎・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・のみならず現にその知識みずからが、まだこの上幾らでも難解の疑問を提出して休まない。自己というその内容は何と何とだ。自己の生を追うた行止りはどうなるのだ。ことに困るのは、知識で納得の行く自己道徳というものが、実はどうしてもまだ崇高荘厳というよ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・私だって昔は浅草の父の屋台で、客あしらいは決して下手ではなかったのだから、これからあの中野のお店できっと巧く立ちまわれるに違いない。現に今夜だって私は、チップを五百円ちかくもらったのだもの。 ご亭主の話に依ると、夫は昨夜あれから何処か知・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 藤村庵というのがあって、そこには藤村氏の筆跡が壁に掛け並べてあったり、藤村文献目録なども備えてある。現に生きて活動している文人にゆかりのある家をこういうふうにしてあたかも古人の遺跡のように仕立ててあるのもやはりちょっと珍しいような気が・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・幸徳らは死ぬるどころか活溌溌地に生きている。現に武蔵野の片隅に寝ていたかくいう僕を曳きずって来て、ここに永生不滅の証拠を見せている。死んだ者も恐ければ、生きた者も恐い。死減一等の連中を地方監獄に送る途中警護の仰山さ、始終短銃を囚徒の頭に差つ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・珍々先生は現にその妾宅においてそのお妾によって、実地に安上りにこれを味ってござるのである。九 今の世は唯さえ文学美術をその弊害からのみ観察して宛ら十悪七罪の一ツの如く厭い恐れている時、ここに日常の生活に芸術味を加えて生存の楽・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫