・・・或は婦人が漫に男子の挙動を疑い、根もなき事に立腹して平地に波を起すが如き軽率もあらんか、是れぞ所謂嫉妬心なれども、今の男子社会の有様は辛苦して其微を窺うに及ばず、公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体を露す者こそ多けれ。家に遺伝の遺・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 蕪村が縁語その他文字上の遊戯を主としたる俳句をつくりしは怪しむべきようなれど、その句の巧妙にして斧鑿の痕を留めず、かつ和歌もしくは檀林、支麦のごとき没趣味の作をなさざるところ、またもってその技倆を窺うに足る。縁語を用いたる句、春・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・横を窺う――条を乱し死者狂いのあばれよう。一体これは全くただの雨風であろうか? 自分というとりこめられた一つの生きものに向って、何か企み、喚めき、ざわめき立った竹類が、この竹藪を出ぬ間に、出ぬ間に! と犇めき迫って来るような凄さを経験するに・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・太郎は傍に引き添って、退屈らしい顔もせず、何があっても笑いもせずに、おりおり主人の顔を横から覗いて、機嫌を窺うようにしている。 僕は障子のはずしてある柱に背を倚せ掛けて、敷居の上にしゃがんで、海苔巻の鮓を頬張りながら、外を見ている振をし・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫