・・・ その時の本番が静子で、紫地に太い銀糸が縦に一本はいったお召を着たすらりとした長身で、すっとテーブルへ寄って来た時、私はおやと思った。細面だが額は広く、鼻筋は通り、笑うと薄い唇の両端が窪み、耳の肉は透きとおるように薄かった。睫毛の長い眼・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 顔は隔たりてよくも見えねど、細面の色は優れて白く、すらりとしたる立姿はさらに見よげなり。心ともなくこなたを打ち仰ぎて、しきりにわれを見る人のあるにはッとしたるごとく、急がわしく室の中に姿を隠しぬ。辰弥もついに下り行けり。 湯治場の・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・黒眼がち、まじめそうな細面の女店員が、ちらと狐疑の皺を眉間に浮べた。いやな顔をしたのだ。嘉七も、はっ、となった。急には微笑も、つくれなかった。薬品は、冷く手渡された。おれたちのうしろ姿を、背伸びして見ている。それを知っていながら、嘉七は、わ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・痩せていて背のきわめてひくい、細面の青年であった。肩から袖口にかけての折目がきちんと立っているま新しい久留米絣の袷を着ていたのである。たしかに青年に見えた。あとで知ったが、四十二歳だという。僕より十も年うえである。そう言えば、あの男の口のま・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ お篠さんが紋附の長い裾をひきずって、そのお料理のお膳を捧げて部屋へはいって来て、(すらりとしたからだつきで、細面の古風な美人型のひとであった。としは、二十二、三くらいであったろうか。あとで聞いた事だが、その弘前の或る有力者のお妾そうし・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・色が白く、細面の、金縁の眼鏡をかけた、二十七、八のいやらしいおまわりさんでございました。ひととおり私の名前や住所や年齢を尋ねて、それをいちいち手帖に書きとってから、急ににやにや笑いだして、 ――こんどで、何回めだね? と言いました。・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・ 四十前後の、細面の、薄化粧した女中が、どてらを持って部屋へはいって来て、私の着換えを手伝った。 私は、ひとの容貌や服装よりも、声を気にするたちのようである。音声の悪いひとが傍にいると、妙にいらいらして、酒を飲んでもうまく酔えないた・・・ 太宰治 「母」
・・・髪はさまで櫛の歯も見えぬが、房々と大波を打ッて艶があって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。細面ながら力身をもち、鼻がすッきりと高く、きッと締ッた口尻の愛嬌は靨かとも見紛われる。とかく柔弱たがる金縁の眼鏡も厭味に見えず、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・やっぱり特徴のある髪の毛と細面な顔だちで、和服に袴の姿であった。そして漂然としたような話しぶりの裡に、敏感に自分の動きを相手との間から感じとってゆこうとする特色も初対面の印象に刻まれた。丁度どこかへ出かけるときで、小熊さんも一緒に程なく家を・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・蒼ざめた細面で立っている全体の物ごしで、すぐ左翼の運動に関係ある人と感じられる。「けが?」「…………」 合点する。傍へよって見て、これはひどい。思わず口をついて出た。「やられたの?」 合点をし、微な笑いを切なそうな眼の中・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫