・・・りかで見る道太を懐かしがって、同じ学校友だちで、夭折したその一粒種の子供の写真などを持ってきて、二階に寝ころんでいる道太に見せたりして、道太の家と自分の家の古い姻戚関係などに遡って、懐かしい昔の追憶を繰り返していた。「和田さんの家は器量・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・我らは苦痛を忍んで解脱せねばならぬ。繰り返して曰う、諸君、我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。 諸君、幸徳君らは乱臣賊子となって絞台の露と消えた。その行動について不満があるとしても・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ふとしたことから、こうして囲って置くお妾の身の上や、馴初めのむかしを繰返して考える。お妾は無論芸者であった。仲之町で一時は鳴した腕。芸には達者な代り、全くの無筆である。稽古本で見馴れた仮名より外には何にも読めない明盲目である。この社会の人の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・こういう悪戯を二度も三度も繰り返して居る太十の姿を時として見ることがある。赤は煎餅が好きであった。赤に煎餅を食わせて居る太十の姿がよく村の駄菓子店に見えた。焼けの透らぬ堅い煎餅は犬には一度に二枚を噛ることは出来ない。顎が草臥れて畢うのである・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・僅一行の数字の裏面に、僅か二位の得点の背景に殆どありのままには繰返しがたき、多くの時と事と人間と、その人間の努力と悲喜と成敗とが潜んでいる。 従ってイズムは既に経過せる事実を土台として成立するものである。過去を総束するものである。経験の・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・近くは三十七年の夏、悲惨なる旅順の戦に、ただ一人の弟は敵塁深く屍を委して、遺骨をも収め得ざりし有様、ここに再び旧時の悲哀を繰返して、断腸の思未だ全く消失せないのに、また己が愛児の一人を失うようになった。骨肉の情いずれ疎なるはなけれども、特に・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・何処へ行って見ても、同じような人間ばかり住んでおり、同じような村や町やで、同じような単調な生活を繰り返している。田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間はないんだよ」「えッ。いつ故郷へ立発んですッて」と、吉里は膝を進めて西宮を見つめた。「新橋の、明日の夜汽車で」と、西宮は言いにくそうである。「えッ、明日の……」と、吉里の顔色は変ッた。西宮を見・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・同じ事を繰り返して居る。夜は纔に更けそめてもう周囲は静まってある。いくらか熱が出て居るようでもあるが毎夜の事だからそれにも構わず仕事にかかって居る。けれども熱のある間は呼吸が迫るので仕事はちっともはかどらぬ。それのみでない蒲団の上に横になっ・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・そして三度同じことを繰り返したのです。「うわぁい、うななどぁ、無くてもいいな。うわぁい。」 すると又三郎は少し面白くなったようでした。いつもの通りずるそうに笑って斯う訊ねました。「僕たちが世界中になくてもいいってどう云うんだい。・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫