・・・ 吉里は小万に酌をさせて、一息に呑むことは飲んだが、酒が口一杯になッたのを、耐忍してやッと飲み込んだ。「ねえ、小万さん。あの時のお酒が毒になるなら、このお酒だッて毒になるかも知れないよ。なアに、毒になるなら毒になるがいいんさ。死んじ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・それを耐忍したのだから、私は自ら満足しても好いかと思う。 ようよう物語と同じように節を附けた告別の詞が、秋水の口から出た。前列の中央に胡坐をかいていた畑を始として、一同拍手した。私はこの時鎖を断たれた囚人の歓喜を以て、共に拍手した。・・・ 森鴎外 「余興」
・・・この態度のみが耐忍の名に価するだろう。 苦患に背を向け、感傷的に慟哭し、饒舌に告白する。かくしてもまた苦患の終わりを経験することはできる。しかしそれを真に苦しみに堪えたと呼ぶことはできない。 卑近の例を病気に取ってみよう。病苦は病の・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫