・・・もし許すならばその中学の寄宿舎全体に、たった一人でいたかった。 何かしら、人間ぎらいな、人を避け、一人で秘密を味わおうという気振りが深谷にあることは、安岡も感じていた。 安岡は淋しかった。なんだか心細かった。がもう一学期半辛抱すれば・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ ――今日は土曜じゃないか、それにどうして午後面会を許すんだろう。誰が来てるんだろう。二人だけは分ったが、演説をやったのは誰だったろう。それにしても、もう夕食になろうとするのに、何だって今日は面会を許すんだろう。 私は堪らなく待ち遠・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・に向て怒を発し、言語粗野にして能く罵り、人の上に立たんとして人を恨み又嫉み、自から誇りて他を譏り、人に笑われながら自から悟らずして得々たるが如き、実に見下げ果てたる挙動にして、男女に拘わらず斯る不徳は許す可らず。人間たる者は和順、貞信、人情・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・の醜なるを咎め、瓜に向いて茄子たらざるを怒り、その議論の極意を尋ぬれば、実物にかかわらずして反射の影を美ならしめ、瓜の蔓にも茄子を生ぜしむるの策ありと、公にこれを口に唱えざれば暗に自からこれを心の底に許すものの如し。余輩の考にては、この妙策・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・あなたが一遍許すって言ったのなら、今日は私だけでひとつむぐらをいじめますから、あなたはだまって見ておいでなさい。いいでしょう」 ホモイは、 「うん、毒むしなら少しいじめてもよかろう」と言いました。 狐は、しばらくあちこち地面を嗅・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・言を見よ、地下の釈迦も定めし迷惑であろうと、これ何たる言であるか、何人か如来を信ずるものにしてこれを地下にありというものありや、我等は決して斯の如き仏弟子の外皮を被り貢高邪曲の内心を有する悪魔の使徒を許すことはできないのである。見よ、彼は自・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・減刑運動という名のもとに、日本のまちがった民族主義の思想がふたたびうごめき出し、戦争挑発が拡大するような事態を許すならば、わたしたち人民の譲歩は、度をこしている。満州侵略に着手した田中義一の内閣に外交官であった吉田茂が、この減刑運動を、国内・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・彼は少年のゴーリキイと一緒に、自分の読み古した本をよみはじめ、やがて、ゴーリキイが勝手にそこから本を出して読んではかえして置くことを許すようになった。そして、その男は、ゴーリキイに屡々云った。ここはお前のいるところじゃあない、と。 ゴー・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・島原征伐がこの年から三年前寛永十五年の春平定してからのち、江戸の邸に添地を賜わったり、鷹狩の鶴を下されたり、ふだん慇懃を尽くしていた将軍家のことであるから、このたびの大病を聞いて、先例の許す限りの慰問をさせたのも尤もである。 将軍家がこ・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・おのれが臆病であることは、おのれ自身において許すことができぬ。だからおのれ自身のなかから、死を怖れぬ心構えが押し出されてくる。そういう人にとっておのれの面目が命よりも貴いのは、外聞に支配されるからではなく、自敬の念が要求するからなのである。・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫