・・・ 陶器師は、仕事に気をとられていたせいか、少し迷惑そうに、こう答えた。が、これは眼の小さい、鼻の上を向いた、どこかひょうきんな所のある老人で、顔つきにも容子にも、悪気らしいものは、微塵もない。着ているのは、麻の帷子であろう。それに萎えた・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・「こうまあ色々とお願いしたじゃからは、お互も心をしめて帳場さんにも迷惑をかけぬだけにはせずばなあ。『万国心をあわせてな』と天理教のお歌様にもある通り、定まった事は定まったようにせんとならんじゃが、多い中じゃに無理もないようなものの、亜麻・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・奥さんのような、かよわい女のためには、こんな態度の人に対するのは、随分迷惑な恐ろしいわけである。しかしフレンチの方では、神聖なる義務を果すという自覚を持っているのだから、奥さんがどんなに感じようが、そんな事に構まってはいられない。 とこ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・それは今まで自分の良い人だと思った人が、自分に種々迷惑をかけたり、自分を侮辱したりした事があると思い出したのだ、それで心持が悪くなって訳もなく腹を立って来た。シュッチュカは次第に側へ寄って来た。その時百姓は穿いて居る重い長靴を挙げて、犬の腋・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・いっしょに歩くおまえにも、ずいぶん迷惑を懸けたっけが、今のを見てからもうもう胸がすっきりした。なんだかせいせいとする、以来女はふっつりだ」「それじゃあ生涯ありつけまいぜ。源吉とやら、みずからは、とあの姫様が、言いそうもないからね」「・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・お前たち二人は好いた同士でそれでえいにしても、親兄弟の迷惑をどうする気か、おとよ、お前は二人さえよければ親兄弟などはどうでもえいと思うのか。できた事は仕方ないとしても、どうしてそれが改めてくれられない。省作への義理があろうけれど、それは人を・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるので誰云うともなく美人問屋と云ってその娘を見ようと前に立つ人はたえた事がない、丁度年頃なのであっちこっちからのぞみに母親もこの返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 尤も沼南は極めて多忙で、地方の有志者などが頻繁に出入していたから、我々閑人にユックリ坐り込まれるのは迷惑だったに違いない。かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・と、お嬢さんは、迷惑そうにいって、さっさとあちらへいってしまいました。 少女は、お嬢さんの行方をうらめしそうに見送っていますと、お嬢さんの姿は、夕もやのうちに隠れて、消えていってしまいました。少女は、しかたなく、さびしい方へと歩いてゆき・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・どうだい酒が迷惑なら飯をそう言おう」「いえ、もうお飯も何もたくさん。さっきから遠慮なしに戴いて、お腹が一杯だから」「だって、一膳ぐらいいいだろう? 俺も付き合う」「お前さんはまだお酒じゃないか、私ゃ本当にたくさんなの。それにあん・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫