・・・よほど怪しい。通俗には誰もそう考えている。私も通俗にそう考えている。しかし退いて不通俗に考えて見るとそれがすこぶるおかしい。どうもそうでないらしい。なぜかと云うと元来この私と云う――こうしてフロックコートを着て高襟をつけて、髭を生やして厳然・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと自分は信じている。だから日本の文壇は前途多望、大いに楽観すべき現象に充ちていると思います。 そこで今云った・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・理智はすべてを常識化し、神話に通俗の解説をする。しかも宇宙の隠れた意味は、常に通俗以上である。だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前に兜を脱いでる。詩人の直覚する超常識の宇宙だけが、真のメタフィジックの実在なのだ。・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・語をかえていえば、学問を神聖に取扱わずして、通俗の便宜に利用するの義なり。 ゆえに本塾の教育は、まず文学を主として、日本の文字文章を奨励し、字を知るためには漢書をも用い、学問の本体はすなわち英学にして、英字、英語、英文を教え、物理学の普・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・草書を楷書に変じ、平仮名を片仮名にせんとするも、容易に行われ難き通俗世界の人民へ、横文左行の帳合法を示すも、人民はその利害得失を問うにいとまあらず、まずその外見の体裁に驚きてこれを避くることならん。 ゆえに、今の横文字の帳合法は、一家に・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・例えば世の中に普通なる彼の百人一首の如き、夢中に読んで夢中に聞けばこそ年少女子の為めに無害なれども、若しも一々これを解釈して詳に今日の通俗文に翻訳したらば、婬猥不潔、聞くに堪えざること俗間の都々一に等しきものある可し。唯都々一は三味線に撥を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ビジテリアンの主張は全然誤謬である、今これを比較解剖学の立場からごく通俗的に説明しよう。人類は動物学上混食に適するようにできている。歯の形状から見てもわかる。草食獣にある臼歯もあれば肉食類の犬歯もある。混食をしているのが人類には一番自然・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・やがて無人格な三人称の私というものが発明されて、客観的な現実世界と主観的自我との間の機械的な接続器の役を負わされるようになり、作家が現実への責任をとわれる純文学から一種の通俗小説に移って行くこととなった。この時代、横光利一は、彼の心理主義の・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・葉子自身が母の心というような通俗的な定形に従って解決していたのであろうか。作者は「或る女」の広告として「畏れる事なく醜にも邪にもぶつかって見よう。その底には何があるか。若しその底に何もなかったら人生の可能は否定されなければならない。私は無力・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・役人が執筆させたいAの方には、通俗的また軍国的文筆家が大多数を占めていた。 軍事行動邁進の三年という年月に、ジャーナリストたちの自立も弱められた。新聞は、もう再度の文化暴圧にたいして、発言しなかった。進歩的な作家たちも、それについて・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫