とつか‐せいかい【戸塚静海】
[1799〜1876]幕末・明治初期の蘭医。遠州掛川の人。法印。宇田川榛斎(しんさい)、シーボルトに医学を学ぶ。江戸で開業し、神田お玉ヶ池種痘所開設に参加。のち幕府奥医師となる。
ともの‐かしゅう【友野霞舟】
[1791〜1849]江戸後期の漢詩人。江戸の人。昌平坂(しょうへいざか)学問所教授、甲府徽典館(きてんかん)学頭。字(あざな)は子玉。霞舟は号。野村篁園(こうえん)に学び、昌平坂学問所の関係者...
ナウマン【Edmund Naumann】
[1854〜1927]ドイツの地質学者。明治8年(1875)日本政府に招かれて来日、同18年帰国まで東大で地質学を教授。日本列島の地質構造を調査し、フォッサマグナによって東北日本と西南日本に分け...
なかえ‐ちょうみん【中江兆民】
[1847〜1901]思想家。土佐の人。名は篤介(とくすけ)。フランスに留学し、帰国後仏学塾を開設。「東洋自由新聞」を創刊し、主筆として明治政府を攻撃し、自由民権運動の理論的指導者となった。ルソ...
なかおか‐しんたろう【中岡慎太郎】
[1838〜1867]幕末の志士。土佐の人。土佐藩を脱藩して尊攘派浪士の指導者となり、薩長両藩の提携を画策。陸援隊を組織し、討幕運動に奔走したが、坂本竜馬とともに京都で幕府の刺客に暗殺された。
なかはま‐まんじろう【中浜万次郎】
[1827〜1898]幕末の幕臣。土佐の漁師の息子。天保12年(1841)出漁中に遭難して米船に救われ、米国で教育を受けた。嘉永4年(1851)帰国し、幕府に用いられて翻訳や軍艦操練・英語の教授...
なかはら‐ちかよし【中原親能】
[1143〜1209]鎌倉初期の幕臣。源頼朝に仕え、幕府の創業に参与。政所(まんどころ)公事奉行・京都守護などを歴任。
ながい‐なおむね【永井尚志】
[1816〜1891]幕末期の幕臣、維新期の官吏。三河奥殿藩主松平乗尹(まつだいらのりただ)の子。名は「なおゆき」とも。旗本永井尚徳の養子となり、長崎海軍伝習所総督、初代外国奉行、初代軍艦奉行を...
なるしま‐もとなお【成島司直】
[1778〜1862]江戸後期の幕府奥儒者。号、東岳。「徳川実紀」の編纂(へんさん)にあたった。
はたけやま‐まさなが【畠山政長】
[1442〜1493]室町中期の武将。幕府の管領(かんれい)。畠山持国の養子となったが、持国に実子義就(よしなり)が生まれたので追放された。のち、家督をめぐって義就と抗争を続け、応仁の乱の一因を...