・・・それでは、上は、ナポレオン、ミケランジェロ、下は、伊藤博文、尾崎紅葉にいたるまで、そのすべての仕事は、みんな物狂いの状態から発したものなのか。然り。間違いなし。健康とは、満足せる豚。眠たげなポチ。K君 おそるおそる、たいへん・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・北海道大学の伊藤直君の研究にかかる低度真空中の放電による放射形縞についても同様の事が言われる。自分はかつて、例の液の熱対流による柱状渦の一例として、放射形の縞模様を作ることができた。また床上に流した石油に点火するときその炎の前面が花形に進行・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・その後にまた麻布の伊藤泰丸氏から手紙をよこされて、前記原氏のほかに後藤道雄、青地正皓、相原千里等の各医学博士の鍼灸に関する研究のある事を示教され、なお中川清三著「お灸の常識」という書物を寄贈された、ここに追記して大泉氏ならびに伊藤氏に感謝の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 新聞で見るとソビエトの五か年計画の一つとしてハバロフスクに百三十キロの大放送局を建設し、イルクーツク以東に二十キロ以上の放送局を五十か所作るということである。これが実現した暁には北西の空からあらゆる波長の電磁波の怒濤が澎湃としてわが国・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・せめて元田宮中顧問官でも生きていたらばと思う。元田は真に陛下を敬愛し、君を堯舜に致すを畢生の精神としていた。せめて伊藤さんでも生きていたら。――否、もし皇太子殿下が皇后陛下の御実子であったなら、陛下は御考があったかも知れぬ。皇后陛下は実に聡・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・姻戚の家に冠婚葬祭の事ある場合、これに参与するくらいの事は浮世の義理と心得て、わたくしもその煩累を忍ぶであろうが、然らざる場合の交際は大抵厭うべきものばかりである。 行きたくない劇場に誘い出されて、看たくない演劇を看たり、行きたくない別・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・それ故、知識階級の夫人や娘の顔よりも、この窓の女の顔の方が、両者を比較したなら、わたくしにはむしろ厭うべき感情を起させないという事ができるであろう。 呼ばれるがまま、わたくしは窓の傍に立ち、勧められるがまま開戸の中に這入って見た。 ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・詩人には伊藤聴秋、瓜生梅村、関根癡堂がある。書家には西川春洞、篆刻家には浜村大、画家には小林永濯がある。俳諧師には其角堂永機、小説家には饗庭篁村、幸田露伴、好事家には淡島寒月がある。皆一時の名士である。しかし明治四十三年八月初旬の水害以後永・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・彼は風を厭うともし灯を若木の桐の大きな葉で包んだ。カンテラの光が透して桐の葉は凄い程青く見えて居る。其の青い中にぽっちりと見えるカンテラの焔が微かに動き乍ら蚊帳を覗て居る。ともし灯を慕うて桐の葉にとまった轡虫が髭を動かしながらがじゃがじゃが・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握し尽すに至ると共に、選に洩れたる他は全く一般から閑却されるの結果として、厭うべき弊害の続出せん事を余は切に憂うる・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
出典:青空文庫