・・・ウエークフィルドの牧師ほどの高徳の人物でさえ、そうである。いわんや私のごとき、無徳無才の貧書生は、世評を決して無視できない筈である。無視どころか、世評のために生きていた。あわれ、わが歌、虚栄にはじまり喝采に終る。年少、功をあせった形である。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ここでも罪を犯したもののほうが善人で、高徳な僧侶のほうが悪人であった。なんとなくこういう僧侶に対する反感のこみ上げて来るのをどうする事もできなかった。尼僧の面会窓がある。さながら牢屋を思わせるような厳重な鉄の格子には、剛く冷たくとがった釘が・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・二十年前だったら、設計も立て札も当然自明的であって、制札を無視するのが没公徳的で悪いのであった。 自分の郷里では、今は知らず二十年も以前は、婚礼の三々九度の杯をあげている座敷へ、だれでもかまわず、ドヤドヤと上がり込んで、片手には泥だらけ・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・ありのままをありのままに書き得る人があれば、その人は如何なる意味から見ても悪いということを行ったにせよ、ありのままをありのままに隠しもせず漏らしもせず描き得たならば、その人は描いた功徳に依って正に成仏することが出来る。法律には触れます懲役に・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・うまい言の一語も言ッて、ちッたあ可愛がッてやるのも功徳になるぜ」「止しておくんなさいよ。一人者になッたと思ッて、あんまり酷待ないで下さいよ」「一人者だと」と、西宮はわざとらしく言う。「だッて、一人者じゃアありませんか」と、吉里は・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ そもそも文学と政治と、その世に功徳をなすの大小いかんを論ずるときは、此彼、毫も軽重の別なし。天下一日も政治なかるべからず、人間一日も文学なかるべからず、これは彼を助け、彼はこれを助け、両様並び行われて相戻らず、たがいに依頼して事をなす・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ そもそも本書全面の立言は、人生戸外の公徳を主として、家内私徳の事には深く論及するところを見ず。然るに鄙見はまったくこれに反し、人間の徳行を公私の二様に区別して、戸外公徳の本源を家内の私徳に求め、またその私徳の発生は夫婦の倫理に原因する・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・その人は果して完全高徳の人物にして、私徳公徳に欠くるところなく、もって天下衆人の尊信を博するに足るべきや。諭吉においては、文部省中にかかる人物あるべきを信ぜざるのみならず、日本国中にその有無を疑う者なり。 あるいはこの撰は、一個人の意見・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・一身の私徳を後にして、交際上の公徳を先にするものの如し。即ち家に居るの徳義よりも、世に処するの徳義を専らにするものの如し。この一点において我輩が見る所を異にすると申すその次第は、敢えて論者の道徳論を非難するにはあらざれども、前後緩急の別につ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・すなわち哲学の私情は立国の公道にして、この公道公徳の公認せらるるは啻に一国において然るのみならず、その国中に幾多の小区域あるときは、毎区必ず特色の利害に制せられ、外に対するの私を以て内のためにするの公道と認めざるはなし。たとえば西洋各国相対・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫