・・・トルストイのような古今無双の天才でも、自分が実際行ったセバストポールと、想像と調査が書いた「戦争と平和」に於ける戦争とには、段がついている。「セバストポール」には、本当にその場に行き合わしたものでなければ出せないものがある。それが吾々を・・・ 黒島伝治 「愛読した本と作家から」
・・・で、我はそういう場合へ行ったことがなくて、ただ話のみを聞いただけでは、それらの人の心の中がどんなものであったろうかということは、先ず殆ど想像出来ぬのでありまするが、そのウィンパーの記したものによりますると、その時夕方六時頃です、ペーテル一族・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・あるいは単に臨終の苦痛を想像して、戦慄するのもあるかも知れぬ。 いちいちにかぞえきたれば、その種類はかぎりもないが、要するに、死そのものを恐怖すべきではなくて、多くは、その個々が有している迷信・貪欲・痴愚・妄執・愛着の念をはらいがたい境・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・をだまって見つめていた。俺はその男に不思議な圧迫を感じた。どたん場へくると、俺はこの男よりも出来ていないのかと、その時思った。 自動車は昼頃やってきた。俺は窓という窓に鉄棒を張った「護送自動車」を想像していた。ところが、クリーム色に塗っ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・漠然とした不安の念が、憂鬱な想像に混って、これから養生園の方へ向おうとするおげんの身を襲うように起って来た。町に遊んでいた小さな甥達の中にはそこいらまで一緒に随いて来るのもあった。おげんは熊吉の案内で坂の下にある電車の乗場から新橋手前まで乗・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・または極局身後の不名誉の苦痛というようなものを想像して自分が死ぬることもある。所詮同情の底にも自己はあるように思われてならない。こんな風で同情道徳の色彩も変ってしまった。 さらに一つは、義務とか理想とかのために、人間が機械となる場合があ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・びっくりしたのと、無理に歩いて来たのとで、きゅうに産気づいて苦しんでいる妊婦もあり、だれよだれよと半狂乱で家族の人をさがしまわっているものがあるなどその混乱といたましさとは、じっさい想像にあまるくらいでした。多くの人は火の中をくぐって来ての・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・長兄の尊敬しているイプセン先生の顔である。長兄の想像力は、このように他愛がない。やはり、蛇足の感があった。 これで物語が、すんだのであるが、すんだ、とたんに、また、かれらは、一層すごく、退屈した。ひとつの、ささやかな興奮のあとに来る、倦・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・私は、悲しい時に、かえって軽い楽しい物語の創造に努力する。自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。 人間が、・・・ 太宰治 「桜桃」
出典:青空文庫