・・・ 明治卅四年十一月六日灯下ニ書ス東京 子規 拝 倫敦ニテ 漱石 兄 此手紙は美濃紙へ行書でかいてある。筆力は垂死の病人とは思えぬ程慥である。余は此手紙を見る度に何だか故人に対して済まぬ事をしたような気がする。書き・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・彼自ら詠じて曰く吾歌をよろこび涙こぼすらむ鬼のなく声する夜の窓灯火のもとに夜な夜な来たれ鬼我ひめ歌の限りきかせむ人臭き人に聞する歌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせむ凡人の耳にはいらじ天地のこころを妙に洩らすわがうた・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・て、芸術作品の批評にあたって第一にはその作品の中に如何なる方面の社会或は階級の意識が表現されているかを見るべきであるとして「文学的作品の観念を芸術の言葉から社会学の言葉に翻訳し、その文学的現象の社会的等価とも云うべきものを発見することにある・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 笑う声が薄気味わるく夜の灯火の底でゆらめいていた。五百万人の狂人の群れが、あるいは今一斉にこうして笑っているのかしれない。尋常ではない声だった。「あははははは……」 長く尾をひくこの笑い声を、梶は自分もしばらく胸中にえがいてみ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫