・・・弓術も好きであって、これは晩年にも養生のための唯一の運動として続けていたようである。昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の本郷座で川上、高田一座の芝居を見たこともありはしたが、中年以後から、あらゆる娯楽道楽を放棄して専心ただ学問・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・物に滲み入るような簫の音、空へ舞い上がるような篳篥の音、訴えるような横笛の音が、互いに入り乱れ追い駆け合いながら、ゆるやかな水の流れ、静かな雲の歩みのようにつづいて行く。その背景の前に時たま現れる鳥影か何ぞのように、琴や琵琶の絃音が投げ込ま・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・「しょうべえに描くのですか、娯楽のために描くのですか。」「養生のためにやっています。」「肖像などは、あれはずいぶんかかるものでしょうね。」「さあ。一時間でも二十日でも、切りはありますまいね。」「小さいのよりも、やっぱり大・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 台風の襲来を未然に予知し、その進路とその勢力の消長とを今よりもより確実に予測するためには、どうしても太平洋上ならびに日本海上に若干の観測地点を必要とし、その上にまた大陸方面からオホツク海方面までも観測網を広げる必要があるように思われる・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ウィーゼ氏の話によると数年来かの国の気象学者たちは、気圧その他の気象学的要素の配置から夏期における北氷洋上の氷の分布状況を予報することを研究し、それがだいぶうまく的中するようになった。そのおかげで今度の航海がたいへんに楽であったというのであ・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・「君、会社の中で養生していた方がいいぜ、争議団本部と、くっつき合っている君のうちなんか、まったく物騒だよ」 仲間にも、しきりと止められた利平であったが、剛情な彼は肯かなかった。たかが多勢を恃んで、時のハズみでする暴行だ。命をとられる・・・ 徳永直 「眼」
・・・夏は納涼、秋は菊見遊山をかねる出養生、客あし繁き宿ながら、時しも十月中旬の事とて、団子坂の造菊も、まだ開園にはならざる程ゆゑ、この温泉も静にして浴場は例の如く込合へども皆湯銭並の客人のみ、座敷に通るは最稀なり。五六人の女婢手を束ねて、ぼんや・・・ 永井荷風 「上野」
・・・私は自分の養生に注意し始めた。そして運動のための散歩の途中で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町の附近を散歩していた。その日もやはり何時も通り・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・食物の品柄次第にて、にわかにこれを喰いて腹を痛むることあり、養生法においてもっとも戒むるところなれば用心せざるべからず。あるいは物の性質により、遠慮なく喰いて害をなさざることもあり、喰いて害なくば颯々と喰うもまた可なり。ゆえに漸進急進の別は・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内に病人あるも勤めの身なればこれを捨てて出勤せざるを得ず、終日の来客も随分家内の煩雑なれども、勤めの家なれば止むことを得ず、酒を飲むも勤めの身、不養生も勤めの身、なお甚だしきは、偽を行い・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫