出典:青空文庫
・・・ 日本人の威張り方は傍若無人だ。この春、三月、君は奉天に来たね。奉天城内の四平街と云えば目抜きの場所だ。君覚えているだろう? 平生は、人間や洋車や馬車が雑沓しているところだ。三階、四階の青や朱で彩色した高楼が並んでいる。それが今はすっか・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・あ、あ、あ、と傍若無人、細長き両の腕を天井やぶれよ、とばかりに突き出して、しかもその口の大きさ、歯の白さ、さながら、馬の顔であった。われに策あり、太宰治さん。自分について、色んなことを書きたくなりました。もう二、三十ペエジ読んで下されば幸甚・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・いうものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せよ、よい縁だ、と傍若無人に勝手にきめて、魚容は大いに迷惑・・・ 太宰治 「竹青」
・・・いよいよ茶会の当日には、まず会主のお宅の玄関に於いて客たちが勢揃いして席順などを定めるのであるが、つねに静粛を旨とし、大声で雑談をはじめたり、または傍若無人の馬鹿笑いなどするのは、もっての他の事なのである。それから主人の迎附けがあって、その・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。 淀野隆三訳、・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・日曜に村の煮売屋などの二階から、大勢兵隊が赤い顔を出して、近辺の娘でも下を通りかかると、好的好的などと冷かしたり、グズグズに酔って二、三人も手を引き合うて狭い田舎道を傍若無人に歩いたりするのが、非常に不愉快な感じを起させた。兵隊はいやなもの・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・銀座二丁目辺の東側に店があって、赤塗壁の軒の上に大きな天狗の面がその傍若無人の鼻を往来の上に突出していたように思う。松平氏は第二夫人以下第何十夫人までを包括する日本一の大家族の主人だというゴシップも聞いたが事実は知らない。とにかく今日のいわ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・がいて、わざと傍若無人に振舞って仲間や傍観者を笑わせたりはらはらさせるものである。 富士駅附近へ来ると極めて稀に棟瓦の一、二枚くらいこぼれ落ちているのが見えた。興津まで来ても大体その程度らしい。なんだかひどく欺されているような気がした。・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・それが食堂で夜ふけまで長時間続いていた傍若無人の高話がようやく少し静まりかけるころに始まるのが通例であった。波が荒れて動揺のすさまじい時だけはさすがにこの音も聞こえなかったが、そういう時にはまた船よいの苦悩がさらにはなはだしかった。 汽・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・とシワルドは傍若無人に笑う。「鳴かぬ烏の闇に滅り込むまでは……」と六尺一寸の身をのして胸板を拊つ。「霧深い国を去らぬと云うのか。その金色の髪の主となら満更嫌でもあるまい」と丸テーブルの上を指す。テーブルの上にはクララの髪が元の如く乗・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」