・・・五人の親子はどんどん押寄せて来る寒さの前に、小さく固まって身を護ろうとする雑草の株のように、互により添って暖みを分ち合おうとしていたのだ。然し北国の寒さは私たち五人の暖みでは間に合わない程寒かった。私は一人の病人と頑是ないお前たちとを労わり・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・立花は夢心地にも、何等か意味ありげに見て取ったので、つかつかと靴を近けて差覗いたが、ものの影を見るごとき、四辺は、針の長短と位地を分ち得るまでではないのに、判然と時間が分った。しかも九時半の処を指して、時計は死んでいるのであるが、鮮明にその・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ただただ大地を両断して、海と陸とに分かち、白波と漁船とが景色を彩なし、円大な空が上をおおうてるばかりである。磯辺に立って四方を見まわせば、いつでも自分は天地の中心になるのである。予ら四人はいま雲の八重垣の真洞の中に蛤をとっている。時の移るも・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ 泣いて泣いて泣きつくして別れた二人には、またとても言い表すことのできない嬉しさを分ち得たのである。 五 翌晩省作からおとよの許に手紙がとどいた。「前略お互いに知れきった思いを今さら話し合う必要もないはずで・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、伊藤八兵衛の智嚢として円転滑脱な才気を存分に振ったにしろ、根が町人よりは長袖を望んだ風流人肌で、算盤を持つのが本領でなかったから、維新の変革で油会所を閉じると同時に伊藤と手を分ち、淡島屋をも去って全く新らしい生活に入った。これからが満幅・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 刀下冤を呑んで空しく死を待つ 獄中の計愁を消すべき無し 法場若し諸人の救ひを欠かば 争でか威名八州を振ふを得ん 沼藺残燈影裡刀光閃めく 修羅闘一場を現出す 死後の座は金きんかんたんを分ち 生前の手は紫鴛鴦を繍ふ月げつちん秋・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 先、堯典に見るにその事業は羲氏・和氏に命じて暦を分ちて民の便をはかり、その子を措いて孝道を以て聞えたる舜を田野に擧げて、之に位を讓れることのみ。而してその特異なる點は天文暦日に關するもの也。即ち天に關する分子なり。 次に舜典に徴す・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・又あるときは頭よりただ一枚と思わるる真白の上衣被りて、眼口も手足も確と分ちかねたるが、けたたましげに鉦打ち鳴らして過ぎるも見ゆる。これは癩をやむ人の前世の業を自ら世に告ぐる、むごき仕打ちなりとシャロットの女は知るすべもあらぬ。 旅商人の・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ かく分化作用で、吾々は物と我とを分ち、物を分って自然と人間と超感覚的な神とし、我を分って知、情、意の三とします。この我なる三作用と我以外の物とを結びつけると、明かに三の場合が成立します。すなわち物に向って知を働かす人と、物に向って情を・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ かくの如く、天下の人心を二流に分ち、今の政府はそのいずれの方にあるものなりやと尋ぬれば、口を放ちてこれを上流といわざるをえず。その明証は、世人誤って人事変革の原因をも政府に帰するに非ずや。この考はもとより誤ならん、政府はひとり変革の原・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫