・・・どうかして舞台で旨い事をしたのを、劇評家が見て、あれは好く導いて発展させたら、立派なものになるだろうにと、惜んで遣ることもある。しかしその発展が出来ないで、永遠に愛くるしい見せ物に甘んじている。その名はドリスである。 ドリス自身には、技・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・その他にも『永代蔵』には「一生秤の皿の中をまはり広き世界をしらぬ人こそ口惜けれ」とか「世界の広き事思ひしられぬ」とか「智恵の海広く」とか云っている。天晴天下の物知り顔をしているようで今日から見れば可笑しいかもしれないが、彼のこの心懸けは決し・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・或ハ淫肆放縦ニシテ獲ル所ノモノハ直ニ濫費シテ惜シマザルモノアリ。各其ノ為人ニ従ツテ為ス所ヲ異ニス。婢ノ楼ニ在ツテ客ヲ邀フルヤ各十人ヲ以テ一隊ヲ作リ、一客来レバ隊中当番ノ一婢出デヽ之ニ接ス。女隊ニ三アリ。一ヲ紅隊ト云ヒ、二ヲ緑隊、三ヲ紫隊ト云・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・疑える中には、今更ながら別れの惜まるる心地さえほのめいている。「行く」といい放って、つかつかと戸口にかかる幕を半ば掲げたが、やがてするりと踵を回らして、女の前に、白き手を執りて、発熱かと怪しまるるほどのあつき唇を、冷やかに柔らかき甲の上・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・これまでにして亡くしたのは惜しかろうといって、悔んでくれる人もある、しかしこういう意味で惜しいというのではない。女の子でよかったとか、外に子供もあるからなどといって、慰めてくれる人もある、しかしこういうことで慰められようもない。ドストエフス・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・口惜き事にあらずや。女は父母の命と媒妁とに非ざれば交らずと、小学にもみえたり。仮令命を失ふとも心を金石のごとくに堅くして義を守るべし。 幼稚の時より男女の別を正くして仮初にも戯れたる事を見聞せしむ可らずと言う。即ち婬猥不潔のこと・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・曙覧は曰くたのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時たのしみは物をかかせて善き価惜みげもなく人のくれし時 曙覧は欺かざるなり。彼は銭を糞の如しとは言わず、あどけなくも彼は銭を貰いし時のうれしさを歌い出だせり。な・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 同情派と云いますのは、私たちもその方でありますが、恰度仏教の中でのように、あらゆる動物はみな生命を惜むこと、我々と少しも変りはない、それを一人が生きるために、ほかの動物の命を奪って食べるそれも一日に一つどころではなく百や千のこともある・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・少くとも自分は、小理屈や負惜しみ等で胡麻化し切れない本然な力の爆発に、或る部分の「我」を粉微塵に吹飛ばされて見て、始めて他人と自分とをその者本来の姿で見る事を幾分か習い始めたと云えるのである。 こう云う自分の心持の変化は、今まで矢張り何・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 今日の主人増田博士の周囲には大学時代からの親友が二三人、製造所の職員になっている少壮な理学士なんぞが居残って、燗の熱いのをと命じて、手あきの女中達大勢に取り巻かれて、暫く一夕の名残を惜んでいる。 花房という、今年卒業して製造所に這・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫