・・・なれば上手にも下手にも出所はあるべしおれが遊ぶのだと思うはまだまだ金を愛しむ土臭い料見あれを遊ばせてやるのだと心得れば好かれぬまでも嫌われるはずはござらぬこれすなわち女受けの秘訣色師たる者の具備すべき必要条件法制局の裁決に徴して明らかでござ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「こんな、罪もない子供までも殺す必要がどこにあるだろう――」 その時の三郎の調子には、子供とも思えないような力があった。 しかし、これほどの熱狂もいつのまにか三郎の内を通り過ぎて行った。伸び行くさかりの子供は、一つところにとどま・・・ 島崎藤村 「嵐」
一 私は今ここに自分の最近両三年にわたった芸術論を総括し、思想に一段落をつけようとするにあたって、これに人生観論を裏づけする必要を感じた。 けれども人生観論とは畢竟何であろう。人生の中枢意義は言うまでもなく実行である。人生観・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来る広場がなくてはならないように、一つの村には、二人か三人、誰にでも相手をしていられる暇人が必要です。そう云う人さえいれば、私共が暇で友達でも欲しくなれば、雑作もなく得られます。 プラタプの何よりの・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・倫理に於いても、新しい形の個人主義の擡頭しているこの現実を直視し、肯定するところにわれらの生き方があるかも知れぬと思案することも必要かと思われる。 太宰治 「新しい形の個人主義」
・・・幸な事には、いつまでもこんな事をする必要がない。出来たからって、えらがるのは、沙汰の限りだ。こう思うと、頗る愉快になって来た。 その時銀行員は戸を叩いた。ポルジイは這入らせはしたが、ちょっと誰だったか、何の用で来させたかと云うことを忘れ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ この仕事を仕遂げるために必要であった彼の徹底的な自信はあらゆる困難を凌駕させたように見える。これも一つのえらさである。あらゆる直接経験から来る常識の幻影に惑わされずに純理の道筋を踏んだのは、数学という器械の御蔭であるとしても、全く抽象・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・もちろん私自身はそれらのことに深い考慮を費やす必要を感じなかった。私は私であればそれでいいと思っていた。私の子供たちはまた彼ら自身であればいいわけであった。そして若い時から兄夫婦に育てられていた義姉の姪に桂三郎という養子を迎えたからという断・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・最早志士の必要はないか。飛んでもないことである。五十歳前、徳川三百年の封建社会をただ一簸りに推流して日本を打って一丸とした世界の大潮流は、倦まず息まず澎湃として流れている。それは人類が一にならんとする傾向である。四海同胞の理想を実現せんとす・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 梅花を見て興を催すには漢文と和歌俳句との素養が必要になって来る。されば現代の人が過去の東洋文学を顧ぬようになるに従って梅花の閑却されるのは当然の事であろう。啻に梅花のみではない。現代の日本人は祖国に生ずる草木の凡てに対して、過去の日本・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫