・・・その時でもまだ元の教室の部屋は大体昔のままに物置のような形で保存され黴とほこりと蜘蛛の囲の支配に任せてあったので従ってこのS先生の手紙もずっとそのままに抽出しの中に永い眠りをつづけていた訳である。 その後自分の生活には色々急激な変化が起・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
・・・ それでもし各個人の標準を分析的に研究して、何等かの形でその要素といったようなものを抽出する事が出来れば、次には色々の個人の要素を綜合して、帰納的にやや普遍な方則を求める事が出来そうにも思われる。 口調というものの最も主要な要素の一・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・ モンタージュという言葉を抽出し、その意義を自覚的に強調したのはプドーフキン一派の人に始まるかもしれないのであるが、要するにモンタージュは平凡な「編集」という言葉をもって代用してもたいしてさしつかえないという事はプドーフキンの著書の英訳・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・曲の各部をリードしている楽器を時々に抽出してその方に吾々の注意を向けてくれる。例えばファゴットの管の上端の楕円形が大きく写ると同時にこの木管楽器のメロディーが忽然として他の音の波の上に抜け出て響いて来るのである。こういうことは作曲者かあるい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・よく注意してみると、窓の外の街上を走る電車の騒音の中に含まれているどんどんというような音を自分の耳が抽出し拾い上げて、それを眼前の視像の中に都合よく投げ込んでいたものらしい。 同様に笛を吹く場面でもかすかに笛の音らしいものが聞かれた。こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・を抽出し、仕留めるには非常な知能の早わざを要するものである。 もっともいわゆる、ルーティン的な仕事であって、予定の方法で、予定の機械の指示する示度を機械的に読み取って時々手帳に記入し、それ以外の現象はどんな事があっても目をふさいで見ない・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・でたくさんの観測を繰り返し、おのおのの場合の風向風速、太陽の高度方位、日照の強度、その他あらゆる気象要素を観測記録し、それに各場合の地形的環境も参考した上で、統計的分析法を使用して、各要素固有の効果を抽出することであろうと思われる。 現・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・また場合により実験の結果が半ばあるいは部分的に予期に合すれば、実験者たる学者はその適合せる部分だけを抽出して自己の所説を確かむれども、かくのごとき抽象的分析に慣らされざる世俗は了解に苦しむ事もあるべし。 かくのごとき困難は天然現象の場合・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・すなわち雑多な音の中から自分の欲する音だけを抽出して聞き分ける能力を耳はもっている。音楽家が演奏をしている時に風や雨の音、時には自分の打っているキーの不完全な槓杆のきしる音ですらも、心がそれに向いていなければ耳には響いても頭には通じない。こ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・「もし爾の右眼爾を礙かさば抽出してこれをすてよ」。愛別、離苦、打克たねばならぬ。我らは苦痛を忍んで解脱せねばならぬ。繰り返して曰う、諸君、我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。 諸君・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫