・・・女の長い切髪の、いつ納めたか、元結を掛けて黒い水引でしめたのが落ちていた。見てさえ気味の悪いのを、静に掛直した。お誓は偉い!……落着いている。 そのかわり、気の静まった女に返ると、身だしなみをするのに、ちょっと手間が取れた。 下じめ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・桐の張附けの立派な箱に紅白の水引をかけて、表に「越の霙」としてある。「お前さん、こんな物を頂戴しましたよ」「そうか。いや金さん、こんなことをしておくんなすっちゃ困るね。この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なもの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・会場からまた拍手に送られて退出し、薄暗い校長室へ行き、主任の先生と暫く話をして、紅白の水引で綺麗に結ばれた紙包をいただき、校門を出ました。門の傍では、五、六人の生徒たちがぼんやり佇んでいました。「海を見に行こう。」と私のほうから言葉を掛・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・ 十一日 垣にぶら下がっていた南瓜がいつの間にか垂れ落ちて水引の花へ尻をすえている。我等が祖先のニュートンはいかにエライ者であったかと云う事を考えると隣の車井戸の屋根でアホーと鴉が鳴いた。 十二日 傘を竪にさす。雨は横に降る。 ・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・芒の蓬々たるあれば萩の道に溢れんとする、さては芙蓉の白き紅なる、紫苑、女郎花、藤袴、釣鐘花、虎の尾、鶏頭、鳳仙花、水引の花さま/″\に咲き乱れて、径その間に通じ、道傍に何々塚の立つなどあり。中に細長き池あり。荷葉半ば枯れなんとして見る影もな・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・父上はこれに一々水引をかけ綺麗にはしを揃えて、さて一々青い紙と白い紙とをしいた三宝へのせる。あたりは赤と白との水引の屑が茄子の茎人蔘の葉の中にちらばっている。奥の間から祭壇を持って来て床の中央へ三壇にすえ、神棚から御厨子を下ろし塵を清めて一・・・ 寺田寅彦 「祭」
・・・ただし金を納むるに、水引のしを用ゆべからず。一、このたび出張の講堂は、講書教授の場所のみにて、眠食の部屋なし。遠国より来る人は、近所へ旅宿すべし。ずいぶん手軽に滞留すべき宿もあるべし。一、社中に入らんとする者は、芝新銭座・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・ にかび顔をして土産に持って来た柿羊羹のヘトヘトになった水引をだまってひっぱって居た。 自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。 千世子は元の場所から動こうともし・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 麗々と水引までかかっている包みを見ながら、禰宜様宮田は、途方に暮れたような心持になりながら、ぎごちない言葉で辞退した。「ほんにはあお有難うござりやすけんど…… 俺ら心にすみましねえから……」 けれども年寄りの方では、喉から・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 竜池は祝儀の金を奉書に裹み、水引を掛けて、大三方に堆く積み上げて出させた。 竜池は涓滴の量だになかった。杯は手に取っても、飲むまねをするに過ぎなかった。また未だかつて妓楼に宿泊したことがなかった。 為永春水はまだ三鷺と云い、楚・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫