出典:青空文庫
・・・どっから刈りこんでいいか、ぼくは無茶苦茶に足の向いた所から分け入り、歩けた所だけ歩いて、報告する――てやがんだい。ぼくは薄野呂です。そんなんじゃあない。然し、ぼくは野蛮でたくましくありたいのです。現在ぼくの熱愛している世界はどの作家にもあり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・しかし、軍隊は無茶苦茶ですよ。僕はこんど軍隊からかえって来て、鴎外全集をひらいてみて、鴎外の軍服を着ている写真を見たら、もういやになって、全集をみな叩き売ってしまいました。鴎外が、いやになっちゃいました。死んでも読むまいと思いました。あんな・・・ 太宰治 「母」
・・・ 女中が迎えに来て荷馬車で帰る途中で、よその家庭の幸福そうな人々を見ているうちににんじんの心がだんだんにいら立って来て、無茶苦茶に馬を引っぱたいて狂奔させる、あすこの場面の伴奏音楽がよくできているように思う。ほんとうにやるせのない子供心・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・政府で歳入の帳尻を合わせるために無茶苦茶にこの材木の使用を宣伝し奨励して棺桶などにまでこの良材を使わせたせいだといううわさもある。これはゴシップではあろうがとかくあすの事はかまわぬがちの現代為政者のしそうなことと思われておかしさに涙がこぼれ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・勝手な音を無茶苦茶に衝突させ合ったのではいたずらに耳を痛めるだけであろう。 バイオリンの音を出すのでも、弓と弦との摩擦という、言わば一つの争闘過程によって弦の振動が誘発されるとも考えられる。しかしそれは結局は弦の美しい音を出すための争闘・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・も一つは向うの我とこちらの我とが無茶苦茶に衝突もしなかったのでもあろう。忘れていたが、彼と僕と交際し始めたも一つの原因は、二人で寄席の話をした時、先生も大に寄席通を以て任じて居る。ところが僕も寄席の事を知っていたので、話すに足るとでも思った・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・元来私どもの感情はそう無茶苦茶に間違っているものではないのでありましてどうしても本心から起って来る心持は全く客観的に見てその通りなのであります。動物は全く可哀そうなもんです。人もほんとうに哀れなものです。私は全論士にも少し深く上調子でなしに・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・だけれども、誰にだってその無茶苦茶ぶりがわかりきっている横柄ずくなやりかたに、いまさら楯つくのは大人気ない、という感情は、あのころの日本の一般的な気持であった。どうせあっちは暴力で来ている、馬鹿と気狂いの対手はするものでない。あえて抗せずの・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・「そんな無茶苦茶云うてんと。」「あかんったらあかん。南のが引き取りゃそれでええんじゃ。」「お前とこ虫が湧きゃ、わしとこでも虫が湧くわ。」とお霜は云った。「勘が引受けよったんや。不足があるなら何処へでも抛り出しゃええ。俺とこは・・・ 横光利一 「南北」