・・・全くこうした映画に全然興味をもとうという用意のない正直な観客には退屈至極な映画であろうと思われた。 しかし、私にはこのアステーア、ロジャースの踊りのデュエットは見ていてやっぱりおもしろい。自分は踊りの事は何も知らないし、ましてやこんな西・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・いくら心配しても、それだけの時間は、飛躍を許さないので、道太は朝まではどうかして工合よく眠ろうと思って、寝る用意にかかったが、まだ宵の口なので、ボーイは容易に仕度をしてくれそうになかった。 道太は少しずつ落ち著いてくると同時に、気持がく・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・お念仏を称えるもの、お札を頂くものさえあったが、母上は出入のもの一同に、振舞酒の用意をするようにと、こまこま云付けて居られた。 私は時々縁側に出て見たが、崖下には人一人も居ないように寂として居て、それかと思う烟も見えず、近くの植込の間か・・・ 永井荷風 「狐」
・・・二人は用意して来た出刃で毛皮を剥きはじめた。出刃が喉から腹の中央を過ぎて走った。ぐったりとなった憐れな赤犬は熟睡した小児が母の手に衣物を脱がされるように四つの足からそうして背部へと皮がむかれた。致命の打撲傷を受けた頸のあたりはもう黒く血が凝・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・栄誉ある多数の学者中より今年はまず木村氏だけを選んで、他は年々順次に表彰するという意を当初から持っているのだと弁解するならば、木村氏を表彰すると同時に、その主意が一般に知れ渡るように取り計うのが学者の用意というものであろう。木村氏が五百円の・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・ 世人往々この事実を知らずして、政治の思想要用なりといえば、たちまち政治家の有様を想像して、己れ自から政壇にのぼりて政をとるの用意し、生涯政事の事業をもって身を終らんと覚悟するもの多し。学問といえばたちまち大学者を想像して、生涯、書に対・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・この際余は口の内に一種の不愉快を感ずると共に、喉が渇いて全く潤いのない事を感じたから、用意のために枕許の盆に載せてあった甲州葡萄を十粒ほど食った。何ともいえぬ旨さであった。金茎の露一杯という心持がした。かくてようように眠りがはっきりと覚めた・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・私は「あした石膏を用意して来よう」とも云いました。けれどもそれよりいちばんいいことはやっぱりその足あとを切り取って、そのまま学校へ持って行って標本にすることでした。どうせまた水が出れば火山灰の層が剥げて、新らしい足あとの出るのはたしかでした・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 五ヵ年計画第三年目完成ノタメニ諸君用意シロ! その前に男女一かたまりの農民が並んで立って列車とそこから出て来て散歩している旅客を眺めている。今日も新しいエレバートルを見た。まだすっかり出来上らないで頂上に赤旗がひるがえっていた。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・誓いの文句などは人のいない時十分考えて用意しているのである。今やかれの心は全く糸の話で充たされてしまった。かれの弁解がいよいよ完全になるだけ、かれの談論がいよいようまくなるだけ、ますますかれは信じられなくなった。『みんな嘘言家の証拠さ』・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫