・・・娘はこの時すでに婿を迎えて、誰も羨むような夫婦仲であった。 こうして一二年の歳月は、何事もなく過ぎて行った。が、その間に朋輩は吉助の挙動に何となく不審な所のあるのを嗅ぎつけた。そこで彼等は好奇心に駆られて、注意深く彼を監視し始めた。する・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・仮令猶お立派に門戸を張る事が出来なくとも、他の腰弁生活を羨むほどの事は無い。公民権もある、選挙権もある。市の廓清も議院の改造も出来る。浮世を茶にせずとも自分の気に入るように革新出来ぬ事は無い。文人の生活は昔とは大に違っている。今日では何も昔・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ある時は、それがために、子供を持たない人々を幸福なりとして、却って、羨むような場合もありました。 それでなくとも、いま自分が子供の親となり、子供に気を労するのを知ってから「怪我をしないことが、孝行の一つである」と、いう言葉の真意を見出さ・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・ひとの羨むような美女でも、もし彼女がウェーブかセットを掛けた直後、なまなましい色気が端正な髪や生え際から漂っている時は、私はよしんば少しくらい惚れていても、顔を見るのもいやな気がする。私は今では十五分も女が待てない。女とそれきり会えないと判・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・後世少年吾等を羨むこと幾許ぞと。余、甚だ然りと答へ、ともに奮励して大いに為すあらんことを誓ひき」と。明かに×××的意義を帯びていた日清戦争に際して、ちょうど、国民解放戦争にでも際会したるが如き歓喜をもらしている。また、威海衛の大攻撃と支那北・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・人々は、それを見て、きっと、私を羨むだろう。私は、瞬時どんなに得意だろう。私は、その大家族の一人一人に就いて多少の誇張をさえまぜて、その偉さ、美しさ、誠実、恭倹を、聞き手があくびを殺して浮べた涙を感激のそれと思いちがいしながらも飽くことなく・・・ 太宰治 「花燭」
・・・かくの如き江戸衰亡期の妖艶なる時代の色彩を想像すると、よく西洋の絵にかかれた美女の群の戯れ遊ぶ浴殿の歓楽さえさして羨むには当るまい。 * 小石川は東京全市の発達と共に数年ならずしてすっかり見違えるようになってし・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・人事の失望は十に八、九、弟は兄の勝手に外出するを羨み、兄は親爺の勝手に物を買うを羨み、親爺はまた隣翁の富貴自在なるを羨むといえども、この弟が兄の年齢となり、兄が父となり、親爺が隣家の富を得るも、決して自由自在なるに非ず、案に相違の不都合ある・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・以後ソヴェト同盟で生産は生産のために行われているという羨むべき事実を理解しない「棒杭奴」もある。資本主義生産に奴隷として使われた時代の悪夢、工場とは出来るだけわが身を劬って働いて金をとるだけの場所と思っている者も幾分ある。積極的に五ヵ年計画・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ ○真に自分と合一致し得た者を得たと云う点に於て、自分は、罪と罰の、ロージャを羨む。 ○自分は多くのものを愛して居る。が恋は出来ない。私の道徳的な考えを滅茶滅茶にする丈、強い力はどこにも見つかりそうにもない。それは、自分の恋・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫