・・・ やがて二人は石ころや木株のある険しい坂道にかかりましたので、おかあさんは子どもを抱きましたが、なかなか重い事でした。 この子どもの左足はたいへん弱くって、うっかりすると曲がってしまいそうだから、ひどく使わぬようにしなければならぬと・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・彼女の心は、堪え難い程苦しく重い、而も、云うことは出来ないのです。口には云わず心配の多い母、自然の足許に、此も無言の裡に悩む一人の娘が、いつまでも立っていました。 彼女を結婚させなければならないと云うことは、スバーの両親にとって、一方な・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 検事は、男を、病気も重いことだし、不起訴にしてやってもいいと思っていたらしい。男は、それを見抜いていた。一日、男を呼び出して、訊問した。検事は、机の上の医師の診断書に眼を落しながら、「君は、肺がわるいのだね?」 男は、突然、咳・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・犯すと重い刑に処せられる。そこで名義さえ附くと好い。ボスニア産のプリュウンであろうが、機関車であろうが、レンブラントの名画であろうが、それを大金で買って、気に入らないから、直ぐに廉価に売るには、何の差支もない。これは立派な売買である。仲買に・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
渠は歩き出した。 銃が重い、背嚢が重い、脚が重い、アルミニウム製の金椀が腰の剣に当たってカタカタと鳴る。その音が興奮した神経をおびただしく刺戟するので、幾度かそれを直してみたが、どうしても鳴る、カタカタと鳴る。もう厭になってしまっ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・一体に無口らしいが通りがかりの漁師などが声をかけて行くと、オーと重い濁った返事をする。貧苦に沈んだ暗い声ではなくて勢いのある猛獣の吼声のようである。いつも恐ろしく真面目な顔をして煙草をふかしながら沖の方を見ている。怒っているのかと始めは思っ・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・道太はあの時病躯をわざわざそのために運んできて、その翌日あの大地震があったのだが、纏めていった姪の縁談が、双方所思ちがいでごたごたしていて、その中へ入る日になると、物質的にもずいぶん重い責任を背負わされることになるわけであった。それを解決し・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・我らの政府は重いか軽いか分らぬが、幸徳君らの頭にひどく重く感ぜられて、とうとう彼らは無政府主義者になってしもうた。無政府主義が何が恐い? それほど無政府主義が恐いなら、事のいまだ大ならぬ内に、下僚ではいけぬ、総理大臣なり内務大臣なり自ら幸徳・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ ところが、その五十のこんにゃくはなかなか重い。前と後ろに桶に二十五ずついれて、桶半分くらい水を張っておかないと、こんにゃくはちぢかんでしまうから、天秤をつっかって肩でにないあげると、ギシギシと天秤がしまるほどだった。 ――こんにゃ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・まず、忍び逢いの小座敷には、刎返した重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはまた船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るよ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫