くろだきよたか【黒田清隆】
[1840〜1900]政治家。鹿児島の生まれ。戊辰 (ぼしん) 戦争で官軍参謀として五稜郭 (ごりょうかく) を攻撃。明治維新後、北海道開拓長官。日朝修好条規を締結。明治21年(1888)首相に就任、大日本帝国憲法の発布に当たったが、条約改正交渉失敗のため辞職。
くろだきよつな【黒田清綱】
[1830〜1917]政治家・歌人。鹿児島の生まれ。清輝 (せいき) の養父。幕末の王政復古運動に奔走。和歌に秀で、明治・大正天皇の和歌の師。貴族院議員・枢密顧問官。著「滝園歌集」。
くろださぶろう【黒田三郎】
[1919〜1980]詩人。広島の生まれ。第二次「荒地」の創刊に参加。鋭い批評精神を平明に表現した詩や評論を発表。詩集「ひとりの女に」など。
くろだじょすい【黒田如水】
⇒黒田孝高 (くろだよしたか)
くろだせいき【黒田清輝】
[1866〜1924]洋画家。鹿児島の生まれ。本名、清輝 (きよてる) 。清綱の養嗣子。渡仏してラファエル=コランに師事。帰国後、外光派の画風を日本に導き入れ、久米桂一郎とともに天真道場を開き、のち白馬会を設立。また、東京美術学校西洋画科で指導に当たり、洋画界発展に寄与した。貴族院議員としても活躍。
くろだそうどう【黒田騒動】
江戸初期、筑前福岡藩黒田家の御家騒動。藩主忠之と家老栗山大膳との確執から、寛永9年(1632)大膳は忠之に謀反心のあることを幕府に出訴。翌年、裁定があって黒田家は存続、大膳は陸奥盛岡藩南部家に預けられた。講談・歌舞伎などに脚色。
くろだながまさ【黒田長政】
[1568〜1623]安土桃山から江戸初期の武将。孝高 (よしたか) の子。豊臣秀吉に従い、九州平定、文禄の役・慶長の役に活躍。秀吉死後、関ヶ原の戦いでは徳川方につき、大功を立てて筑前52万石を拝領。
くろだぶし【黒田節】
福岡県の民謡。もと、筑前 (ちくぜん) 黒田藩の武士たちが筑前今様 (いまよう) を雅楽の越天楽 (えてんらく) の旋律で歌った祝い歌。昭和初期から全国に広まる。
くろだよしたか【黒田孝高】
[1546〜1604]安土桃山時代の武将。播磨 (はりま) の人。初姓、小寺。通称官兵衛。法号、如水。織田信長に仕え、信長死後、羽柴秀吉の統一事業の参謀として活躍。秀吉の死後、関ヶ原の戦いでは徳川方についた。キリシタン大名で、受洗名はドン=シメオン。
くろだなつこ【黒田夏子】
[1937〜 ]小説家。東京の生まれ。教員や校正者を経て、「abさんご」で早稲田文学新人賞を受賞し作家デビュー。同作品で芥川賞を受賞。