出典:青空文庫
・・・逃げれば逃げられる係蹄に自分で一生懸命につかまって捕われるのを待つのである。 ごちそうに出した金米糖のつぼにお客様が手をさし込んだらどうしても抜けなくなったのでしかたなく壺をこわして見たら拳いっぱいに欲張って握り込んでいたという笑話があ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 道太は九官鳥が一生懸命にお饒舌をつづけているのを聞きながら、ついに果てしない寂しさに浸されてきた。お絹の話では、その九官鳥は、隣りの主人によって、満州か朝鮮から持ってこられたのであった。「あれでも歌のつもりですよ。お稽古の真似や」・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・俺ァはァ、一生懸命詫びたがどうしてもきかねえ、それであの支配人の黒田さんに泣きついて、一緒に詫びて貰っただ」 傍で、オロオロしている嫁が云った。「で、もとどおりになったかいな」「ウウン、そうはいかねえ、謝りのしるしに榛の木畑をあ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・無論大した怪我ではないと合点して、車掌は見向きもせず、曲り角の大厄難、後の綱のはずれかかるのを一生懸命に引直す。車は八重に重る線路の上をガタガタと行悩んで、定めの停留場に着くと、其処に待っている一団の群集。中には大きな荷物を脊負った商人も二・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・現に少し落ちついて考えてみると、大学の教授を十年間一生懸命にやったら、たいていの者は神経衰弱に罹りがちじゃないでしょうか。ピンピンしているのは、皆嘘の学者だと申しては語弊があるが、まあどちらかと云えば神経衰弱に罹る方が当り前のように思われま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・そして朦朧とした頭脳の中で、過去の記憶を探そうとし、一生懸命に努めて見た。だが老いて既に耄碌し、その上酒精中毒にかかった頭脳は、もはや記憶への把持を失い、やつれたルンペンの肩の上で、空しく漂泊うばかりであった。遠い昔に、自分は日清戦争に行き・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 旅の旅その又旅の秋の風 国府津小田原は一生懸命にかけぬけてはや箱根路へかかれば何となく行脚の心の中うれしく秋の短き日は全く暮れながら谷川の音、耳を洗うて煙霧模糊の間に白露光あり。 白露の中にほつかり夜の山 湯元に辿・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ その人たちのために、森は冬のあいだ、一生懸命、北からの風を防いでやりました。それでも、小さなこどもらは寒がって、赤くはれた小さな手を、自分の咽喉にあてながら、「冷たい、冷たい。」と云ってよく泣きました。 春になって、小屋が二つにな・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・日本の労働組合は一生懸命に同じ労働に対する男女の同じ賃金を求めて闘かっているけれども、実際に婦人のとる給料はまだ男よりも少ない。しかし女の子の方が身なり一つにも金がかかる。絹の靴下は一足が八百円もして、それは二ヵ月しかもたないのだから。気儘・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・の下に立てばやすい事だと狂気のように力ーライルは説く。一生懸命のけんか腰で説く。霊的本能主義はここに出発点を得たのである。 吾人は自らの人格を想い、自らの行為を省み慨嘆に堪えないものである。されどこの主義の下に奮闘するは辞するところでな・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」