・・・道太の姪の家も広くはあるし、水を隔てて青い山も見えるので、悪くはないと思ったけれど、未亡人の姪が、子供たちと静かに暮らしているので厄介になるのも心苦しかった。「とにかく腹が減ったね」「え、どこか涼しいところで風呂に入って御飯を食べま・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・当路に立てば処士横議はたしかに厄介なものであろう。仕事をするには邪魔も払いたくなるはず。統一統一と目ざす鼻先に、謀叛の禁物は知れたことである。老人の※には、花火線香も爆烈弾の響がするかも知れぬ。天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・明治三十三年四月十五日の日曜日に向嶋にて警察官の厄介となりし者酩酊者二百五人喧嘩九十六件、内負傷者六人、違警罪一人、迷児十四人と聞く。雑沓狼藉の状察すべし。」云 わたくしはこれらの記事を見て当時の向嶋を回想するや、ここにおのずから露伴幸・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・先生の宅に厄介になっていたものなどは、ずいぶん経済の点にかけて、普通の家には見るべからざる自由を与えられているらしく思われた。このまえ会った時、ある蓄財家の話が出たら、いったいあんなに金をためてどうするりょうけんだろうと言って苦笑していた。・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・これを家の厄介と称す。俗にいわゆるすねかじりなる者なり。すでに一家の厄介たり、誰れかこれを尊敬する者あらんや。いかなる才力あるも、噛はすなわち噛にして、ほとんど人に歯せられず。 世禄の武家にしてかくの如くなれば、その風はおのずから他種族・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 遺族善後策これは遺言ではなけれど余死したる跡にて家族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介にならせらるるを順当とす一 玄太・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・元来墓地には制限を置かねばならぬというのが我輩の持論だが、今日のように人口が繁殖して来る際に墓地の如き不生産的地所が殖えるというのは厄介極まる話だ。何も墓地を広くしないからッて死者に対する礼を欠くという訳はない。華族が一人死ぬると長屋の十軒・・・ 正岡子規 「墓」
・・・「陽ちゃんも、いよいよここの御厄介になるようになっちゃったわね」 ふき子は、どこか亢奮した調子であった。「――本当にね」 楽しいような、悲しいような心持が、先刻座敷を見ていた時から陽子の胸にあった。「あの家案外よさそうで・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・おれは島原で持場が悪うて、知行ももらわずにいるから、これからはおぬしが厄介になるじゃろう。じゃが何事があっても、おぬしが手にたしかな槍一本はあるというものじゃ。そう思うていてくれい」「知れたことじゃ。どうなることか知れぬが、おれがもらう・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・「早よ歩けさ。厄介な餓鬼やのう!」「腹へって腹へって、お前、負うてくれんか!」「うす汚い! 手前のようなやつ、負えるかい。」 安次は片手で胸を圧えて、裂けた三尺のひと端を長く腰から垂らしたまま曳かれていった。痩せた片肩がひど・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫