・・・地図を読む事を知らない人にはせっかくのこの地形図も反古同様でなければ何かの包み紙になるくらいである。読めぬ人にはアッシリア文は飛白の模様と同じであり、サンスクリット文は牧場の垣根と別に変わったことはないのと一般である。しかし「地図の言葉」に・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・例えば三原山の火口に人を呼ぶ死神などもみんな新聞の反古の中から生れたものであることは周知のことである。 第三十八段、名利の欲望を脱却すべきを説く条など、平凡な有りふれの消極的名利観のようでもあるが、しかしよく読んでみると、この著者の本旨・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ちょうど反古同様の浮世絵が、一枚何千円にもなると同様である。それと反対に、もし外国の雑誌にでも、ちょっとした、いい加減な悪口でも出ると、それがあたかも非常な国辱ででもあるように感ぜらるる。 こんな心細い状態が、いつまでつづくのだろう。・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・質的に間違った仮定の上に量的には正しい考究をいくら積み上げても科学の進歩には反古紙しか貢献しないが、質的に新しいものの把握は量的に誤っていても科学の歩みに一大飛躍を与えるのである。ダイアモンドを掘り出せば加工はあとから出来るが、ガラスはみが・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・そうすると、ちょうど荷物の包み紙になっていた反古同様の歌麿や広重が一躍高貴な美術品に変化したと同様の現象を呈するかもしれない。ただ困った事には、目で見ればわかる絵画とちがって、「国語」を要素とする連句がほんとうに西洋人に「わかる」見込みはな・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・しかしいずれも凡作見るに堪えざる事を知って、稿半にして筆を投じた反古に過ぎない。この反古を取出して今更漉返しの草稿をつくるはわたしの甚忍びない所である。さりとて旧友の好意を無にするは更に一層忍びがたしとする所である。 窮余の一策は辛うじ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・うありませんが、蒸汽は七時まで御在ますと言うのに、やや腰を据え、舟なくば雪見がへりのころぶまで舟足を借りておちつく雪見かな その頃、何や彼や書きつけて置いた手帳は、その後いろいろな反古と共に、一たばねにして大川へ流してし・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・平田さんから私んとこへ来た手紙の中で、反故にしちゃ、あんまり義理が悪いと思うのだけ、昨夜調べて別にしておいたんだよ。もうしまっておいたって仕様がないし、残しときゃ手拭紙にでもするんだが、それもあんまり義理が悪いようだし、お前さんに預けておく・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・これすなわち上書建白の多くして、官府に反故のうずたかきゆえんなり。 かりにその上書建白をして御採用の栄を得せしめ、今一歩を進めて本人も御抜擢の命を拝することあらん。而してその素志果して行われたるか、案に相違の失望なるべし。人事の失望は十・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 襤褸商人の家の二階の格子窓の前の屋根の上に反古籠が置いてあって、それが格子窓にくくりつけてある。何のためか分らぬ。 はや鯉や吹抜を立てて居る内がある。五色の吹抜がへんぽんとひるがえって居るのはいさましい。 横町を見るとここにも・・・ 正岡子規 「車上の春光」
出典:青空文庫