・・・ 外濠線へ乗って、さっき買った本をいい加減にあけて見ていたら、その中に春信論が出て来て、ワットオと比較した所が面白かったから、いい気になって読んでいると、うっかりしている間に、飯田橋の乗換えを乗越して新見附まで行ってしまった。車掌にそう・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・その時、外濠線の電車が、駿河台の方から、坂を下りて来て、けたたましい音を立てながら、私の目の前をふさいだのは、全く神明の冥助とでも云うものでございましょう。私たちは丁度、外濠線の線路を、向うへ突切ろうとしていた所なのでございます。 電車・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・「馬鹿にするない、見附で外濠へ乗替えようというのを、ぐっすり寐込んでいて、真直ぐに運ばれてよ、閻魔だ、と怒鳴られて驚いて飛出したんだ。お供もないもんだ。ここをどこだと思ってる。 電車が無いから、御意の通り、高い車賃を、恐入って乗ろう・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・先生、お茶の水から外濠線に乗り換えて錦町三丁目の角まで来ておりると、楽しかった空想はすっかり覚めてしまったような侘しい気がして、編集長とその陰気な机とがすぐ眼に浮かぶ。今日も一日苦しまなければならぬかナアと思う。生活というものはつらいものだ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 丸善から三越へ回って帰る時には、たいていいつも日本銀行まで歩いてそこから外濠線に乗る。どうかして電車がしばらく来ない時には、河岸の砂利置場へはいってお堀の水をながめたり呉服橋を通る電車の倒影を見送ったりする。丸善の二階で得たいろい・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 牛込区内では○市ヶ谷冨久町饅頭谷より市ヶ谷八幡鳥居前を流れて外濠に入る溝川○弁天町の細流○早稲田鶴巻町山吹町辺を流れて江戸川に入る細流。 四谷新宿辺では○御苑外の上水堀○千駄ヶ谷水車ありし細流。 小石川区内では○植物園門前の小・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・夕靄の中に暮れて行く外濠の景色を見尽して、内幸町から別の電車に乗換えた後も絶えず窓の外に眼を注いでいた。特徴のないしかも乱雑な人家つづきの街が突然尽きて、あたりが真暗になったかと思うと、自分は直様窓の外に縦横に入り乱れて立っている太い樹木を・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ やがて上天気になる昼頃の前駆として、外濠の辺には、明るく輝く朝靄が、薄すりと立ち罩めて居た。宮中の賀式に列するらしい式服の軍人や文官が、腕車や自動車で飾羽根をなびかせ乍ら馳け違う。ちかちか燦く濠の水の面や、嬉しそうな小学生、靄の中から・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫