・・・この噂の虚実は別として、この新聞を見た若い美術家の中には椿岳という画家はどんな豪い芸術家であったろうと好奇心を焔やしたものもまた決して少なくないだろう。椿岳は芳崖や雅邦と争うほどな巨腕ではなかったが、世間を茶にして描き擲った大津絵風の得意の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 鴎外は幼時神童といわれたそうだ。虚実は知らぬが、「十ウで神童、ハタチで才子、二十以上はタダの人というお約束通り、森の子も行末はタダの人サ、」と郷人の蔭口するのを洩れ聞いて発憤して益々力学したという説がある。左に右く天禀の才能に加えて力・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・噂だから虚実は解らぬが、当時のテオドラ嬢は日本の父の家庭が本国で想像したとは案に相違したのを満足出来なかったそうだ。英人のホームを見馴れた眼には一家の夫人ともあろうものが酒飯の給仕をしたり、普通の侍婢と見えない婦人が正夫人と同住している日本・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・実と虚と相接するところに虚実を超越した真如の境地があって、そこに風流が生まれ、粋が芽ばえたのではないかという気がするのである。もっともこの中立地帯の産物はその地帯の両側にある二つの世界の住民から見るとあるいは廃頽的と見られあるいは不徹底との・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・それはもちろん風雅の心をもって臨んだ七情万景であり、乾坤の変であるが、しかもそれは不易にして流行のただ中を得たものであり、虚実の境に出入し逍遙するものであろうとするのが蕉門正風のねらいどころである。 不易流行や虚実の弁については古往今来・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・嬉しい中に危ぶまれるような気がして、虚情か実情か虚実の界に迷いながら吉里の顔を見ると、どう見ても以前の吉里に見えぬ。眼の中に実情が見えるようで、どうしても虚情とは思われぬ。小遣いにせよと言われたその紙入れを握ッている自分の手は、虚情でない証・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 外国と交際を開きて独立国の体面を張らんとするには、虚実両様の尽力なかるべからず。殖産工商の事を勉めて富国の資を大にし、学問教育の道を盛んにして人文の光を明らかにし、海陸軍の力を足して護国の備えを厚うするが如き、実際直接の要用なれども、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫