大石良雄の解説 - 小学館 デジタル大辞泉

[1659〜1703]播磨 (はりま) 赤穂 (あこう) 藩士浅野長矩 (あさのながのり) 家老。名は「よしたか」とも。通称、内蔵助 (くらのすけ) 。主君長矩の刃傷事件により浅野家断絶後、元禄15年12月14日(1703年1月30日)、同志とともに江戸両国吉良 (きら) 邸に討ち入り、吉良上野介の首を取り主君の仇を討った。幕命により細川家にお預けとなり、命により切腹。→赤穂義士大石忌

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